056. 公爵

「よぉ、ザンテン。おあつらえ向きの依頼が入ったぞ。しかも指名依頼だ」


「ギルマスの部屋に突然呼ばれて何事かと思えば、どういった依頼なんです?」


 ちょっと今は、仕事を増やしたくないタイミングなんだよねぇ。なんでも逆流の際に子供が地下水路を通って河まで出てしまったとかで、地下水路の一部封鎖が進められているとか……。


 おかげでこっちは、どのルートが封鎖されてどのルートが使えるのか再確認する必要が出たってわけ。まったく、どこの悪ガキかねぇ。大人に迷惑かけるんじゃないよ。


 そろそろ封鎖も完了するってんで、調べるなら今なんだけど、しょうがないねぇ。



「貴族から聖結晶と霊石の採取依頼。王城にできたのを何処かから嗅ぎ付けたんだろう。おかげでこっちは大手を振って貴族街通行許可証をゲットできたって訳だ。入場許可じゃねぇ、通行許可だぞ?」


「へぇ、そりゃまた大盤振る舞いですねぇ」


 確か、入場許可証が1回こっきりしか使えないのに対して、通行許可証は指定期間内なら出入り自由だった筈だよねぇ。いいねいいね。


「おぅ、聞いて驚くなよ。なんと依頼主はバスティーユ公爵様だ。公爵様から指名依頼とは、お前も偉くなったもんだな! ガッハッハ!」


「おお、そりゃ驚きですねぇ!」


 いやはや、そんな美味い話はないよね。薄々そんな気はしてたけど一気にテンション下がっちゃったよ。バスティーユ公爵と言やぁ、最近裏で帝国と繋がったお貴族様だ。そりゃ俺が指名されるワケでさ。なんでも非常に高圧的だとかで、会いたくはないなぁ……。


「でもま、最初は妖精の危険性を確認したかったんだが、今はもうそんな必要もねぇ気はしてんだよな。細かく見りゃぁ、そりゃ迷惑もかかってんだがな。大きな目で見りゃ益しか出てねぇ。そんな危険なもんじゃなさそうだしなぁ。街でも大人気だし」


「へぇ。じゃぁどうします? その依頼も断るんで?」


「いや、霊石がこっちにも卸されるようになるなら儲けもんだ。依頼は受けてほしいぞ」


 だよねぇ……。


「はぁ、了解ですよ」


「おぅ、受けてくれるか。んじゃぁ、今からちょっと公爵んとこ行って依頼説明を受けてこい」


「ええ、今からですかい? まぁ、分かりましたよ……」


 お貴族様んとこに行く前に地下道なんて行くと臭っちゃうよねぇ。地下道は後回しにせざるを得ないなぁ。ま、話聞くだけ聞いてちゃちゃっと戻ってきますか。にしても、霊石はともかく聖結晶なんて何に使うんかねぇ。






「……来たか。貴様が依頼を受けた冒険者じゃな?」


「ええ、まぁ」

俺が公爵邸に着いたら、即公爵様の前まで連れてこられた。せっかちだねぇ。


「ふん、おいお前達。下がっておれ」

「しかし旦那様……」


「2度は言わん」

「……は」


 俺をここまで連れてきた執事や周りにいた侍女さんたちが退室していく。ふーん? つまり屋敷の全員が内通を知ってるってワケじゃないんですかい。


「ふん、こんな小汚い冒険者なんぞを相手にせんといけんとは……。まぁ、それもしばらくの辛抱じゃな」


 へぇへぇ、小汚くて悪うござんしたね。これでもお貴族様の前に出るってんで小奇麗にしてきたんですがね……。ま、不快に思われたところで痛くもないんだけど。



「王都に妖精が出てから、王都周辺、それから西方では豊作の兆しがあるそうじゃな?」


「……? 何の話です? 確かにそのような話は聞いておりますがねぇ」


「このままいけば、王都周辺や西方のみ豊作となり格差が広がる。我が領である北方は例年より激しい逆流の被害に遭い、痛みのみ……。不公平ではないかね?」


「……そうかもしれませんね」


「ふん、港町に災害支援に出ていた第2騎士団は、帰路でも我が領を通る。災害復興を理由にせいぜい足止めしてやるわい」


「そりゃぁ、有難い話です」


「しかし妖精の恩恵が王都周辺や西方のみというのはいかん。雨が戻ったとは言え、王都や西方以外は依然不作気味。そうなればこちらは食料を王都から入手しなければならんじゃろう。来年も妖精が居続ければ、さらに格差が広がるじゃろう。我々は冬前にかたを付けねばならぬ」


「そうですね」

この公爵、雨不足が帝国の仕業だったって知らないんかねぇ? 踊らされてるなぁ。


「件の妖精は王都を観光しまわっておるのじゃろう? そこでワシは、吟遊詩人を王都に呼び寄せたのじゃ」


「はぁ」

んー? 話が見えないねぇ。お貴族様のお話はいっつも長ったらしいからなぁ。


「吟遊詩人から我が領の良いところを妖精に語らせ、我が領に呼び寄せる。そこで王家以上の歓待でもてなせば、我が領に居付く可能性もあるじゃろう。居付かんかったとしても、一時的に妖精が我が領を訪れればその年は豊作となる」


 まぁ確かに、豊作になるってぇのは、そうらしいけどねぇ。呼び寄せるってそんな簡単にいくもんかい?


「あの吟遊詩人も素直な馬鹿じゃった。今頃妖精に熱い招待状でも送っておるじゃろうて! くっくっく……」


「ほぉ、それは素晴らしい手腕で」

なんだ? その話を俺にしてどうする?



「で、ご依頼内容とは? ……帝国絡みで?」


「おお、そうじゃ。なんでもスタンピードの被害を大きくするために霊石が必要らしくてな。帝国から霊石の入手指示じゃ。それから、あやつからは聖結晶と妖精の鱗粉の入手依頼じゃな。霊石もあれば嬉しいらしい。ふん、欲張りジジイめ」


「妖精の鱗粉ですかぁ……。まぁ、承知しましたよ」


 妖精の鱗粉ねぇ。直接採取は難しいだろうなぁ。そう言や、ちょっと前に薬師ギルドで採取できたとか騒いでたねぇ……。鱗粉はそちらから拝借してきますか。



「ところで、聖結晶と妖精の鱗粉なんて何に使うんです?」


 聖結晶と言えば、対アンデッド用武器や浄化儀式などに有効と聞く。教会や一部のダンジョン特化冒険者は喉から手が出るほど欲しい代物だろうけど、一般にゃそれほど需要が高くないハズなんだけどねぇ。妖精の鱗粉に関しちゃ、使い道なんて全く想像もできやしない。魔術師なら使い道あるんかね?


「ふん、あやつも呪いが返されたらしいからの。解呪したいんじゃろうな。今頃死にかけてると思えばいい気味じゃが。くっくっく……」


 へぇ? 呪いと言えば王妃の呪いが解けた件かい。今はあの魔術師が呪いにかかっていると。そんなの俺にゃ帝国は何も知らせてきてない。つまりあまり広めたくない情報なんだろう。言っちゃって良いんかねぇ?


 ははぁん? この公爵、上手く利用できるかもしれないねぇ。さっきから関係ないこともベラベラと喋ってくれちゃって、こいつ承認欲求の塊だな?


 俺も下っ端、帝国から何でもかんでも知らされてるワケじゃぁない。それでも、こいつをおだてておきゃぁ色々情報を引き出せそうだねぇ。


 そりゃぁ、帝国に利用されちまうワケだ。良いカモだよ。俺にすらカモと思われちまうほど無能じゃないかい。


「左様で。まぁ、自分には関係のない話でしたねぇ。ではこれにて」


「まぁ待て、これを持っていけ」


「……これは?」


「あちら側の魔術師を呼べる魔道具だそうじゃ。1回しか使えんからの、注意されよ。依頼のブツが手に入り次第、全てその魔術師に渡せ。そういう指示じゃ」


「承知しましたよ……」

おいおい、そんな重要なこと、ついでみたいに言わないでほしいねぇ。


「それからな、魔術が使えるようになったという妖精付き侍女、あれも消せとの指示じゃ。あまり早いタイミングで消すでないぞ。次が生まれるやもしれんからな」


「はいはい、分かりましたよ」


 まったく、前半の長話なんてせずに先にこっちを言ってほしかったねぇ。重要な指示はついでのごとくで自分語りを熱く続けるとか、どんだけ承認欲求高いんよホント。


 って言うか、その侍女って超強力な魔術を放つって言うじゃない? 消せとか簡単に言ってくれちゃってまぁ。こっちは断ることなんてできないんで、やるしかないんだけどねぇ。……はぁ。





 俺は公爵邸を出て振り返った。

 いやぁ……、あんなのがこの国の王を狙ってるって? またまた御冗談を。悪いことは言わない、大人しく帝国に支配されときなさいなってホント。


 ま、せいぜい利用してやりますか。


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