005. 門番

 俺は、その日も代わり映えなく門番として西門の警備を行っていた。


 先輩方は古傷が痛むとかで、今朝も愚痴を聞かされた上に担当時間を肩代わりさせてきた。しかし、最近は治安が悪く王都の出入りはほとんどないため、ただ突っ立っているだけの日々が続いている。多少担当時間が増えたとしてもそれほど苦ではない。むしろ門番をしている最中は先輩方の愚痴から解放されるため有難いくらいだ。


 そんな気の抜けた対応をしていたからだろう。近づいてきた一行に気付くのが遅れてしまった。しかし俺だけが悪い訳ではないと思う。何故なら門番として待機していた数人の同僚および先輩方も、夕日に紛れこの距離でもまだシルエットしか見えない馬車と騎士達に気付かなかったのだから。


 これが東門だったら怒られるでは済まなかっただろう。しかし外交不安が小さい西門は他門と比べかなり緩い雰囲気だ。


 そういや、不作対策のため隣国に行っておられたティレス第一王女様がそろそろご帰還されると連絡を受けていたな。



 俺達はこれほど近付かれるまで気付かなかったことなど おくびにも出さず、さも遠くから気付いていましたよといった態で対応を始めた。

相手は王族だ、検問などせず素通りなのだから特にこれといった作業など必要ない。王族を脅かす不審点や危険がないかを見守るだけだ。入都記録も付けているが、それを記入するのは俺じゃぁない。


 敬礼したままの俺の前を一行が通り過ぎる際に、ふと馬車の上が光っていることに気が付いた。不審点だ! どうしよう、危険はないのか!? こんな事態初めてだ! なんだあれ、妖精!?


 一瞬放心してしまった俺だが、すぐに馬車上の妖精に関して報告しようと動く。しかし馬車後方に付いていた騎士の1人に報告は不要であると伝えられた。さらには他言無用を徹底するように指示されてしまった。


 ちょっと待ってくれ、態度に出している奴はいないがあの妖精に気づいたのは俺だけな筈ない、こんな下っ端の俺に目撃者全員の口止め指示なんて出さないでくれ! 相手は先輩方なんだぞ! 心の中ではそう叫んでいたが、まさか反抗できる訳もなく俺はただただ頷くしかない。


 ふと、すでに少し遠くなった馬車の上を見上げると、妖精にとても綺麗で優しげな笑顔を向けられ俺は思わず赤面したのだった。




 しばらくして近くにいた先輩が騒ぎ出した。

「治ってる! 痛くない、痛くないぞ!?」


 この国では、ある程度年齢のいった経験のある人間で門番に収まっているような場合、皆何かしらの古傷を抱えている。数年前までの戦争の影響で、激しい戦闘に耐えられない元負傷兵が門番をしているのだ。それまで門番をしていた動ける人間は皆、東の国境警備隊に再編されたそうだ。


 そんな先輩方が騒いでいる。

最初は足に古傷を抱えていた先輩のようで、どうやら移動しようとした際に普通に歩けることに気付いたらしい。感無量といった様子で騒ぎ、それを見た他の先輩方が何をバカなと自分達の古傷を確認しだした。


「な!? 腕が普通に動く、違和感がないぞ……」

「お、俺もだ。腹の傷がなくなってる! 体を捻っても痛くないぞ!」


「なんだと……、俺は治ってないぞ。本当なのか?」

全員の古傷が治った訳ではなさそうだ。

治っていない先輩方からがっかりした雰囲気が伝わってきたが、俺もがっかりした思いだ。長らく聞かされ うんざりしていた古傷に対する愚痴や自慢をもう聞かなくても良いと期待したからだ。



 その夜の警備隊の会議で箝口令が敷かれた。

妖精に関すること、古傷が治った者がいることに関して他言無用とのことだった。

口止めを指示されていた俺は肩の荷が下りた思いだ。


 その後の話し合いで、古傷が治った先輩方は王女様の馬車の近くに配置されていたことが確認された。おそらく馬車上にいた妖精から一定範囲内に入った者だけが回復したのだろうとのことだった。


 俺は昼間の非常に美しい笑顔を思い出す。俺に向けて優しく微笑んでくれたあの妖精は、この傾き始めた国を救ってくれるのではないかと期待せずにはいられなかった。

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