追われる二人
第8話 たった一人の家族
「逃がさん……!!お前たち、奴らを生け捕りにしろ!!」
二人が大司教座都市トリーアから消えたことはすぐさまヴォルガルの知るところとなった。
「でも人外の化け物なんだろう?そんなやつ相手にいくら金を積まれたって俺たちは関わりたくないがね?」
「死ぬのが確定してるなんて冗談じゃねぇ」
「どうせ死んだら金は払ってもらえそうにねぇしなぁ」
ヴォルガルの命令に居合わせた男たちは、命あっての物種とばかりにヴォルガルの命令を突っぱねた。
彼らはヴォルガルが二人の身柄の拘束を依頼した暗殺集団ニザールの者たちだった。
「下賎の者は、大義を前にしても命が惜しいとほざくか」
ヴォルガルは苛立ちを露わにして悪態をつくが、男たちは全くもって気に止めることはしなかった。
「なぁに、こっちは無理にこの仕事を受けなくたって仕事の話は幾らでもあんだよ。この世の中にはアイツを殺して欲しいだの、コイツを生け捕りにして欲しいだのと
ニザールを率いる頭目、サガフは逆にヴォルガルを小馬鹿にした。
ヴォルガルとしてはニザールに受けて貰えなければ、他に依頼できる人物のいないこの依頼を拒否されるわけには行かず、苦虫を噛み潰したような顔のままに男たちの嘲笑を浴びるしかなかった。
「チッ……惜しいがあれを使わせるか」
ヴォルガルが開手を打つと、控えていた神官の一人が恐る恐る銀でできた容器を持ってきた。
「こりゃまた……カエルか?トリカブトか?」
サガフの問いにヴォルガルは首を横に振った。
「突然変異した
ヴォルガルの言葉に嘲笑を浮かべていたサガフは殺気を纏った。
「俺たちが弓術を使うこと、どこから聞いた?」
得意とする暗殺手段の露呈という避けるべき出来事。
探知魔法を暗殺対象若しくはその近辺の人間が行使している場合、魔法攻撃と人の接近は簡単に露見してしまう。
故に探知魔法の有効距離外からの攻撃という手段が、ニザールの暗殺成功率を高めている理由であった。
サガフは腰から曲刀を引き抜き、目にも止まらぬ動きでヴォルガルの喉元へと這わせる。
「私が死ねば、その暗殺方法が広く世間に露呈するかもしれんな。それにお前たちの命も消えるぞ?」
対するヴォルガルは、余裕の笑みでサガフを見つめ返した。
「ブラフか?」
「私は嘘や冗談は嫌いな部類でね。この部屋は探知魔法で常に監視されている。私の生体反応が消えれば神殿騎士たちがすぐさま駆けつけて来るだろうなぁ 」
サガフは本当かと部下に目線を送ると
「トリーアに駐留する神殿騎士は二百は下りません!!その男の言葉に嘘は無いかと」
部下の言葉に今度はサガフが渋面を浮かべる番だった。
「さてこの依頼、受けてもらえるかね?」
完璧な攻守逆転。
舌戦とは言えヴォルガルという男は一筋縄では行かない老獪だった―――――。
◆❖◇◇❖◆
「私の選択は間違いだったのかな……」
二度目の野宿の晩、思い詰めたようにヘレナは吐露した。
「影に生きる者として……という話なら間違っているし、普通に生きる者としてならあの判断は優しさに溢れた正しいんじゃないか?」
この世界は半人半魔の俺たちにとっては酷く生き辛くできている。
「少なくとも別れ際の冒険者たちの顔を見ている限りでは、正解だったと思うぞ?」
「そ、そうなのかな……」
「あぁ……間違いなく」
あの後、居合わせた冒険者たちには感謝されたし、結局は俺だってブルーノと和解した。
ブルーノに至っては別れ際にわざわざ見送りにまで来て「困ったことがあったらいつでも頼ってくれよな」と言ってくれた。
あの場に居合わせた冒険者たちの多くは俺たちの正体について言及したりはしなかったし、それはギルドマスターも同じだった。
「でも私のせいで追われる身になってるかもしれないだよね……?」
不安そうにそう言うヘレナにどう返していいのか悩んだが、そもそも俺たちは――――
「あの頃、俺たちは囚われの身だった。恩義に感じるわけじゃないがヴォルガルに拾われていなければ俺たちは殺されていた。それが今はどうだ?」
こうしてある程度自由に外を出歩いていられる。
それだけで十分じゃないか。
元々俺は生を諦めていたんだ。
それがヘレナの選択のおかげで今までこうして生きていられることが出来た。
「こうしてお兄ちゃんと二人で外に出て……自由に……」
そこまで言うとヘレナは我慢していた涙を流した。
「私、私……今、幸せです」
「俺もだよ」
嘘偽らざる本音。
追われる身になったとはいえヘレナのお陰で俺は自由にしていられる。
「だがらお前の選択は間違っちゃいないんだよ。だからこれからも俺たち兄妹で支え合って生きていこう」
どんな時だって俺は、ヘレナの隣にいたい。
そしてヘレナには隣にいて欲しい。
「……うん。私も……お兄ちゃんと一緒がいい」
ヴォルガルに仕えると決めたあの日と同じ。
たった一人の家族の温もりは、変わらず暖かかった―――――。
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