第4話 ヴォルガルという主人
魔族と人族との間に訪れたひと時の
二人の出会いにおいてはあまり知らなかったが、自分たちの存在が世の中に受け入れられないものだということは、小さい頃からよく理解していた。
「お前たちは本来あっては行けない存在なのだ」
粗末な衣服に冷たい床、後ろ手に縛られた俺とヘレナに、檻を隔てて偉そうな口調でそう言った男の顔を今でも忘れない。
「だが私も神に仕える神官である以上、
男はニヤリと口元を吊り上げるとこう口にしたのだ。
「お前たち二人には才能がある。私の言う通りにして戦い続けるか、或いは死ぬかだ」
およそ選択肢とは言えない二者択一のそれ。
「なぁ、どうする?」
一個下の妹に俺は選択を委ねた。
「お兄ちゃんが私のせいで死ぬのは嫌、だから私はお兄ちゃんと一緒に戦う」
幼いヘレナが眦を決して言った。
俺の事まで考えて覚悟を決めた妹の言葉に心を揺さぶられた。
「わかった」
俺は檻越しに男を睨んで
「俺たちは戦う。だからお母さんの命は奪わないで!!」
と叫んだ。
外見だけは柔和な、内心では何を考えているのか分からない顔で男は頷き、牢屋の鍵を解除して俺たちを連れ出した。
男の名前は、ヴォルガル。
当時は名も無き神官で、今は管区長にまで登りつめていた。
ヴォルガルの立身出世の理由は、無論俺たちを働かせてきて積み上げた実績にあるのだが一つだけどうしても許せないことがあった。
魔族と人族の戦争が始まってからというもの、母ルチアナに対してアルザスとの間に子供がいることを口外にしない代わりに肉体関係を迫っていたということだった。
母の死とともに闇に葬られた事情を俺は忘れない。
だからいつか俺はヴォルガルを―――――
「お兄ちゃんどうしたの?」
二人だけの時にのみそう呼んでくるヘレナは、心配そうな目で俺を見つめた。
「……ヘレナは今、幸せか?」
お揃いの白銀の髪は、父親であるアルザス譲り。
ヘレナの優しい顔はきっと母ルチアナに似たのだろう。
そんな俺たちを影に縛りつけ、自分を装うことを余儀なくさせているヴォルガルの飼い犬である今、ヘレナは幸せなんだろうか。
「お兄ちゃんが一緒にいれば、それ以上は望まない」
苦しい時を共にしているからか、ヘレナはよく俺に懐いている。
それどころか普段は見せない嬉しそうな顔で俺の顔を覗き込んだ。
「……お兄ちゃんは私と一緒で幸せ?」
「俺も、ヘレナと一緒にいられるのならそれでいい」
ヴォルガルの飼い犬を辞めるときが俺たち兄妹の平穏の終わるときなのだろう。
それでも、二人で本当の平穏を享受するためにいつか必ずヴォルガルを――――殺す。
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