第12話 出会い


 地下室に降りると、そこは饐えた臭いが充満していた。


 まっすぐと続く通路の両端には鉄格子がはめられた牢獄がいくつも鎮座しており、中には何名もの少女が裸で鎖に繋がれているのが確認できる。


 俺はカツカツと靴を鳴らし、牢獄内にいるその少女たちへと視線を向けながら、静かに歩みを進めて行った。


「‥‥これは‥‥思ったよりも酷い有様のようだな」


 彼女たちの身体には無数の切り傷や火傷の跡があり、無数の拷問の跡が見られた。


 中には腕や足を欠損し、寝たきりの状態になっている者もいる。


 皆、暗い瞳でこちらを見つめるだけで、俺に対して声を掛けてくる者は一人もいない。


 その姿は異様で、俺には非常に不気味な光景に感じられた。


「キ゛イ゛ィアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァッァ!!!!!!!!」


 先ほど一階で聞いたものと同じ女性の悲鳴が、地下牢の奥から聴こえてくる。


 俺は叫び声が聞こえた最奥にある牢獄へと向かって、急いで歩みを進めていった。


「なっ―――――――」


 最奥にある、牢獄の中。


 そこに居たのは‥‥背中から何本もの腕が生えている、異形の少女の姿だった。


 いや、背中から腕が生えているのではない。背中に何本もの腕が縫い合わせられているのか。


 とにかく、その少女は先程まで見てきた今までの奴隷の村娘たちと違い、見るからに異常な姿形をしていた。


「はぁはぁ‥‥そ、そこに居るのは、誰なんですの‥‥?」


 彼女はうつ伏せになりながら、俺にそう問いを投げてくる。


 長い黒髪の中から見えるその顔は‥‥片目が縫い合わせられており、身体中縫合跡だらけとなっている、痛々しい姿。


 身体が衰弱し痩せこけていることからして、彼女は自力では立ち上がれない様子だった。


「‥‥お前‥‥何だ、その身体は。いったいどうなっている?」


「貴方‥‥アグネリア男爵家の聖騎士じゃないんですの‥‥?」


「あぁ、その通りだ。俺はこの家とは関係の無い人間だ。名を、ロクスという」


「ロクス様‥‥そう、外から来た人なんですのね‥‥」


 彼女は片目から涙を流すと、引きつった笑みを浮かべる。


「わたくしの名前はアナスタシア・メルク・ネーレイシス。今は無き、没落した王国七代貴族の一角、王国西部にあったネーレイシス家の一人娘ですわ」


「‥‥何故、貴族のご令嬢がアグネリア男爵家の地下牢に居る? それも、このような姿で」


「借金の肩代わりに売られたんですの。この身体は‥‥わたくしのこの身には四分の一ほど森妖精族エルフの血が入っていまして。ですから、その森妖精族エルフ特有の頑丈さを面白いと思ったアグネリア男爵が、この牢獄に居る女の子の腕を斬って、私の背中に貼り付けてきたんです。芸術作品だとか、わけのわからないことを言って‥‥ゲホッゴホッ」


「‥‥」


「この縫合の跡が、ひどく膿んでいて、夜になると激痛を伴うんですわ。ですから‥‥わたくしは毎晩叫ぶんですの。痛みに耐え切れずに‥‥」


 そう言って彼女は眉間に皺を寄せ、苦悶の表情を浮かべる。


 そしてその後、再び耳をつんざくような金切声を上げると‥‥ゼェゼェと呼吸を荒くし、俺に暗く沈んだ瞳を見せてきた。


「ロクス様‥‥いきなりこんなことを貴方にお願いするのは失礼かもしれませんけれど‥‥わたくしを、今ここで殺してくださいませんか?」


「何?」


「もう、こんな痛みに苛ませられる日々はたくさんなのです。あの男に拷問され、穢されるのは懲り懲りなんですわ。ですから今すぐわたくしを‥‥殺してください」


「‥‥」


 その瞳は、絶望に黒く染まっていた。


 この世界にはもう希望は無いと、そう、その漆黒の瞳は俺に訴えていた。


「‥‥‥‥後悔は無いんだな?」


「ええ。お願いしますわ」


 俺は鉄格子を両手で握り、捻じ曲げ、牢獄内へと侵入する。


 そして鞘から剣を引き抜くと、彼女の心臓目掛けて―――無数の腕が生えている少女の背中へと一突き、剣を突き刺した。


 その瞬間、吐血し、アナスタシアは即座に息を引き取った。


 俺は剣をヒュンと振り、刀身に着いた血を振り払う。


 そして、大きく息を吐いた。


「‥‥死こそが救い、か。そんな人間が産まれてくる今の聖王国は、やはり粛清しならなければならないな。せめて、安らかに眠ると良い」


「わ、私も、こ、殺して‥‥殺してください‥‥」


「ん?」


 突如背後から、掠れた声が聴こえてくる。


 その後、その声は叫び声に代わり、牢獄内にいる全ての少女が、大きな声を発し始めた。


「わ、私も殺してください、漆黒の騎士様!!!!!」


「お願いします!!!!! 私も死なせてください!!!!! もう懲り懲りなの、こんな世界を生きるのはッ!!!!!」


「殺して、殺して、殺して、殺して――――!!!!!!!」


 死を懇願する、少女たちの悲痛な声が、地下牢獄内に反響していく。


 俺はその光景に、ただただ茫然と立ち尽くし、何も返すことができず。


 剣を持ったまま、俯いてしまった。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 その後、俺は、牢獄内に居る全ての虜囚を剣で殺して回っていった。


 総勢42名の少女たちは、皆、等しく、この世を去っていった。


 中には、エレノアとそっくりの、彼女の姉と思しき少女もいたが‥‥すでに、その少女は死にかけていた様子だった。


 極度の飢餓と脱水症状による影響だろう。彼女は、骨と皮となっていた。


 見る限りあと数時間程の命の様子だったが‥‥俺は首の骨を折り、すぐに苦しみから解放してやった。


 静寂に包まれた牢獄の中には、もう、動く者の気配はない。


 気付けば、牢獄には俺だけとなっていた。


「さて‥‥後は、アグネリア男爵を始末するだけとなった、が――――」


 俺は立ち止り、顎に手を当て、考え込む。


 ここにいる囚われていた彼女たちは、きっと、アグネリア男爵に対して深い憎悪を抱いていたことに違いない。


 で、あるならば‥‥彼女たちにも、復讐の場をくれてやるというのも、温情、というものか。


「―――――そうだな。せめてものはなむけだ。彼女たち自らの手で、復讐の場を設けてやるとするか」 


 俺は、最初に殺した、背中から何本もの腕の生えていた少女の元へと歩いて行く。


 そして【アンデッド・ドール】を発動し、紫色の靄がかかった右手で、彼女の身体にそっと触れた。


 すると、その瞬間。アナスタシアの身体はぶるりと痙攣し始める。


 そして、数秒後―――アナスタシアは、ガッと、大きく目を見開いた。


「ふむ。どうやらアンデッドの作成に成功したようだな。今度はいったい、どんな種族のアンデッドが―――――」


「あ、れ‥‥? 何で、わたくし、生きているんですの‥‥?」


「何!?」


『《報告》 【アンデッド・ドール】の使用により、上級アンデッド【ヘカトンケイル】の作成に成功致しました。【ヘカトンケイル】レベル1が配下に加わりました』


 少女は驚いたように目をパチパチと瞬かせると、上体を起こし、俺を見上げてくる。


 そんな彼女に対して、俺は思わず驚愕の声を漏らしてしまった。


「お前‥‥喋れるのか? い、いや、まさか、生前の記憶もあるというのか‥‥?」


「ロクス様‥‥? えっと、わたくし、胸を貫かれて死んだはずでは‥‥って、あれ?」


 アナスタシアはわさわさと背中に縫い付けられた腕を動かすと、ゆっくりと起き上がった。


 そして、自身の手をグーパーグーパーと開いては閉じ、開いては閉じ、腕が動くことを確認すると‥‥こちらへと、キラキラとした目を向けてくる。


「ロクス様!! わたくし、身体が痛くありませんわ!! 自由に動かすことができますの!! 何故か、胸から流れる血は止まりませんけれどっ!!!!」


「いったい、どういうことだ‥‥? いや、そういえば先ほど、あのアナウンスは上級アンデッドの作成に成功したと、そう言っていたな。知能があるということは、上位種のアンデッドであるから、なのか‥‥?」


「わたくしの身体を治してくださったんですのね、ロクス様! ありがとうございますわ!」


「いや、どう見ても治ってはいないだろう。君の胸の傷跡をよく見てみると良い。傷の穴から心臓が丸見えになっているぞ?」


「あらっ、本当ですわ!? って、アレ? 心臓が、動いていない‥‥?」


「ふむ。これは‥‥どうやら説明してやらなければならない、か」


 そう言ってため息を吐いた後、俺は彼女にアンデッドになったことをかいつまんで説明したのだった。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



「――――なるほど。ロクス様の御力で、わたくしはアンデッドに‥‥魔物になったんですのね」


「あぁ。君たちにアグネリア男爵への復讐の場を設けようとして、アンデッドに転化する魔法をした。だが、まさか、生前の記憶を引き継いだ知能のあるアンデッドが産まれるとは思いもしなかった。これは俺のミスだな。死を懇願していた君を、再び蘇らせてしまった。すまなかった」


「頭をお上げになってくださいまし、ロクス様。わたくし、この身体になって、今とても幸せですのよ? 痛みは無いし、身体も自由に動かせる。そして―――今なら、あの男に、この牢獄のみんなが受けた痛みを返すことができる。そんな、予感がしますの」


 そう言って、彼女は俺へ向かって歩みを進めると‥‥自分の両腕両足を繋いでいた鎖を、簡単に引きちぎった。


 どうやらアナスタシアも俺と同じく、アンデッドに転化したことによって怪力を手に入れることができたようだな。


 やはり、アンデッド化すると、生前と比べてステータス値が幾分か上がるのだろうか。


 いつか明確に調べてみたいところではあるな。

 

「‥‥ロクス様。お願いがありますの」


「何だ?」


「先ほどロクス様が仰ったとおりに、この牢獄の中にいる彼女たちも、貴方様の御力でアンデッドにして貰いたいのですの。わたくし、彼女たちと一緒にあの男を殺しに行きたいんですのよ」


「‥‥君のように、意識を持った者が産まれるとは限らないぞ?」


「ええ。それでも構いませんわ。みんな‥‥あの男を殺したいと、そう、思っているはずですから」


 そう言って、悲しそうに片目を伏せたアナスタシアに頷いた後、俺はそのまま【アンデッド・ドール】を唱え、紫色の靄を右手に纏い、牢獄を一つ一つ回って行った。

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