第10話 襲撃
アグネリア男爵家の屋敷は、村から歩いて一時間程の距離にある――小高い丘の上にあった。
俺は数十名程の村人を引き連れ、丘の上にある屋敷を、森の中から静かに見上げる。
「アグネリア男爵家に在中する騎士の数は、そんなに多くは無いはずだ。確か、15人程度だったと記憶している、が‥‥これは過去の知識だからな。今では、あの家にどれほどの戦力があるかは未知数だ」
幾分か筋力が上がったとはいえども、周囲を聖騎士に取り囲まれ槍で突かれたら、流石に今の俺といってもひとたまりもない。
それと、アンデッド種の魔物というのは大抵、信仰系の攻撃魔法が弱点だ。
聖騎士の多くは、信仰系の魔法を習得している傾向が強い。
故に、奴らの攻撃魔法には十分に気を付けたいところだが‥‥今のところフルフェイスの兜を被っていれば、どうやら周囲には人として認識されているみたいだから、その弱点を看破される懸念は一先ず心配ない、か。
現状、屋敷攻めとして思いつく限りの攻略法としては、やはり、一体ずつ騎士どもを誘導し、俺が直に仕留めて行くという策だろうか。
背後にいるこいつら村人など、戦力の当てにはならんだろうからな。
直接的に動くとなれば、俺しかいない。
「あの、ロクス様‥‥これからどうやってアグネリア男爵の御屋敷を攻め落とすのですか?」
そう、隣からエレノアが声を掛けて来た。
俺はそんな彼女に視線を向け、静かに口を開く。
「何、簡単な話だ。奴らを外へとおびき出す。ただ、それだけのことだ」
「外へとおびき出す、ですか? え、ええと、それはどうやって‥‥?」
「この屋敷の周囲一帯は深い森林地帯に覆われている。村人の諸君には、村を出る際に予め持たせていたその松明を使って、屋敷から半径50メートル程の距離で火を付け、周囲を炎で覆って欲しい。そうすれば奴らは火消しのために、自ずと外へと出て行かなければならなくなる。そいつらを、残った俺が一人一人始末していく」
「え!? そ、そんなことをしたら、森は火に覆われ、ロクス様も危険になるのでは‥‥っ!?!?」
「その点については問題は無い。無論、考えはある」
俺は、一瞬、空を見上げる。そしてその後、エレノアに向かって再度口を開いた。
「それに、丘と崖下の森は高さにしてかなりの距離があるからな。屋敷の丘の上までは、火の気は完全には回らないだろう。沈火するまでは、主の居なくなった屋敷に居候させてもらうとするさ」
「ま、待ってくれ! 僕たちは戦わなくて良いのか!?」
デーグの息子が、そう、俺に声を掛けてくる。
俺はそんな彼に頷いた後、群衆に向け大きく口を開いた。
「貴様らは戦わないで貰って構わない。ただ、俺の指示通りに動いて、森を炎の海にしろ。後は、俺が単騎でアグネリア男爵の屋敷を落としてくる」
「ひ、一人で、男爵家を落とすと言うのか!? そ、それは流石に無謀だろ!!」
「良いから貴様らは黙ってその松明で森に火を点けていろ。その後は村に戻っって待機していてもらっても構わない。楽な仕事だ、文句など何もないだろう?」
「し、死ぬ気か、あんた‥‥? 女神様の奇跡でも起きなければ、何十人もいる聖騎士を一人で倒すだなんて、不可能に決まって―――」
「クククク、女神様の奇跡、か。ならば、この俺が奇跡を起こすところを見せてやろう。もっとも、女神ではなく、
「
「ククク、いや、何でもないさ」
そう答えると、エレノアが横からこちらに視線を向けてきた。
俺はそんな彼女の様子に、首を傾げ――首が無いので傾げられないので、代わりに疑問の声を投げる。
「どうかしたかね?」
「あの‥‥アグネリア男爵のお屋敷にある地下牢には、このアグネリア領の周辺の村々から攫われていった女性たちがいるはずなんです。もしかしたら、私の姉も、そこに‥‥ですから、その、できたらで良いので、彼女たちを助けて欲しいんです」
「ふむ‥‥。確約はできないが、了解はした。善処はしよう」
こいつら村人たちを俺の手駒にするためにも、信頼を得る行為は重要ではある、か。
しかし、その捕虜たちの救出は目的としては二の次になるがな。
俺の目的はただひとつ、アグネリア男爵の命のみだ。
王政に携わる貴族どもは、絶対に全員、必ず、皆殺しにしてやる。
メインディッシュは、ベルセルとクライッセ、そして聖王だけだが――その前の前菜として、アグネリア男爵を降してやるとしよう。
俺は分厚い雲が浮かび始めた空を見上げると、そのまま屋敷が聳え立つ丘へと歩みを進めて行った。
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「‥‥? 何だ? 随分と外が騒がしいようだが?」
豪奢な衣服を身に纏い、ふくよかな体系をした貴族の男――アグネリア男爵は、カーテンを開け、窓から外の様子を眺め見る。
すると、遠方の方で、赤い光が浮かんでいることに彼は気が付いた。
「な、何だ、あれは!? や、山火事か!? それも、我が屋敷を囲うようにして火の気が上がっているぞ!?」
アグネリア男爵は焦燥した様子でそう叫ぶと、部屋の前で待機している聖騎士を呼びつける。
「おい、聖騎士ども!! ちょっと部屋に来い!!」
「し、失礼致します、アグネリア男爵閣下。い、いかがなされましたか?」
「外で火の気が上がっているぞ!! 警備はどうなっているのだ!!!! アレはどう見ても人の手による放火だぞ!!!!」
「か、確認してまいります!!」
「ちゃんと働け、聖騎士ども!! お前らに高い給金を出しているのは誰だと思っているのだ!!!!」
そう叫ぶと、アグネリア男爵は血相を搔いて出て行く聖騎士を、睨みつけるようにして見送って行った。
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舗装された道を通って、丘に登った後。
屋敷の外壁をよじ登り、庭園の裏手へと侵入する。
庭木に身を潜めながら移動し―――正門の前へと近付く。
そして巨大な正門の前に立つ、門番の男たちへと視線を向ける。
正門を守衛している聖騎士は二人しかおらず、欠伸をして眠そうに目を擦る奴らの様子を見るに、どうやら彼らはまだ周囲の火の気には気が付いていない様子だ。
俺は身を屈めて庭園を静かに移動し、庭木から門柱の背後へと身体を潜める。
そして、足元にあった小石を拾い上げると、それを門番たちの前へと放り投げた。
「!? な、何者だ!?」
カランと音を立てて眼前に転がって来た小石に、門番たちは槍を構え、警戒の視線を向ける。
俺はその隙を突き、身を屈ませ、連中の視界に入らないように駆け抜け―――そのまま剣を横薙ぎに払い、死角から門番の首を即座に両断した。
「なッ!?」
もう一人の門番が驚愕の声を上げるが、仲間を呼ぶ隙など与えはしない。
腕を伸ばし、ガシリと聖騎士の顔面を掴み上げ‥‥兜ごと、握力だけで彼の頭を粉砕した。
グチュッっと果実が弾けたような音がした後、首が折れ、門番は死に絶える。
その死体を後方へと放り投げて、俺は、大きな屋敷の門前に立つ。
今のところ、作戦は順調に進んでいる。
先程確認したところ、どうやらこの屋敷の出入り口は、正面玄関であるこの大きな門だけのようだ。
窓には格子が嵌められており、そこから出ることは叶わない。
現状、この屋敷から人が出入るする場所はこの一か所のみ、ということだ。
「さて‥‥」
この門は横幅5メートル、高さは3メートルといった程度のもの。
中から俺に向かって長剣や槍を振ろうにも、何処かに当たり、思うように攻撃の動作を取れはしないだろう。
外にいる俺の方が圧倒的に有利な立ち位置にある。
後は、流れ作業のように扉から出てくる聖騎士を殺していくだけだ。
「敵が通る道が一つしかないのであれば、この俺が敗ける道理はない」
生前の自分が呼ばれていた異名、『不動の大盾』。
その名の通り、俺は正面から向かってくる剣に対しては、一歩も動かずに対処することができる。
相手からの攻撃ダメージを、一度だけ軽減させる防御魔法、【ディフェンス・ガード】。
相手の視線を強制的に自分に向けさせる魔法、【アタラクト・アテンション】。
これらの魔法を使用すれば、相手の初手の攻撃を防ぎ、カウンターをお見舞いし、その場から逃げようとする敵を強制的に足止めすることができる。
俺は、一歩もその場を動かずに相手を仕留めることが可能となる。
しかも、今の俺にはアンデッド化による怪力での一撃もある。
生前は目立った攻撃手段が無かった防衛職の俺だったが、新たなる武器を手に入れた今では、この状況で敗ける理由がひとつも無い。
「急げお前ら!! 水属性魔法を使える聖騎士は、率先して火消しに向か――――」
「まずは一人目‥‥いや、三人目か」
門を開き、出て来た聖騎士の首に目掛けて剣を振り、瞬時に斬り飛ばす。
そして首だけとなった死体はスプリンクラーのように血しぶきを上げると、ドサリと、前のめりに崩れ落ちて行った。
俺はそれを足で蹴り上げ、庭の中へと転がしていった。
開いた門の中へ視線を向けると、玄関口で、唖然としてこちらを見つめる4,5人程の聖騎士たちの姿が目に入って来る。
彼らは突如現れた俺の姿に動揺している様子だった。
「な、何だ、お前、は‥‥? 漆黒の甲冑‥‥反逆者の鎧、だと‥‥!?」
「‥‥すまないな。かつての同胞である貴様ら聖騎士に恨みなどは無いが、王国貴族に忠義立てするのなら始末せねばならない。――――我が野望のためにも、ここで死んでもらおう」
そう発言した後、俺は指をくいくいと動かし、かかってこいとジェスチャーする。
すると聖騎士たちはその挑発に乗り‥‥俺に向かって剣を振り降ろしてきた。
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