第3話 凱旋
「キャーッ!! ベルセル団長!! こっち向いてー!!」
「ベルセル団長! ベルセル団長!」
アストルム聖騎士団の凱旋に、王国民は盛大に歓声の声を上げていた。
王城へと続く王都中央通りを堂々と闊歩しながら、先頭に立つ騎士団長ベルセルは、街路に立つ民衆たちへと手を振り爽やかな笑みを見せる。
その少し後にアルルメリアが続き、彼女は初めての凱旋に恐る恐ると言った様子で、周囲の人々へと控えめに小さく手を振っている。
俺はというと、総勢30名から連なる聖騎士団の最後尾で馬を引きながら、とぼとぼと歩いていた。
こんな引退間近の老いぼれに手を振る人間は、街路を見渡しても誰もおらず。
人気どころである団長とその精鋭、そして新人騎士であるアルルメリアに、人々の歓声は集まっていた。
まぁ、別段、この光景も30年近く見て来たものだから、今更自分に人気がないことに悲しむことはないがな。
俺は荷が積まれた馬を引きながら、そのまま列の後を静かについていった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「此度の遠征、見事であった。ベルセル団長、そしてアストルム聖騎士団よ。褒めてつかわそう!」
「はっ! 勿体ない御言葉でございます!」
玉座の前で、俺たち聖騎士団は床に片膝を付き、王に向かって頭を垂れる。
国王陛下は胸まで伸びた長い白髭を撫でると、最前列に居るベルセルへと朗らかな笑みを見せた。
「数十体からなるオーガの群れを討伐せしめるとは、中々の活躍であったな、ベルセル。父親の代と変わらぬ剣の腕とどんな逆境にも挫けぬ豪胆さだ。お主がいればこの聖王国の未来も安泰だろう」
「ありがとうございます! 陛下!」
「うむ。お主らの働きに免じて、今宵は王宮専属シェフに豪勢な食事を用意させた。我が城で思う存分、飲んで食べて楽しむと良い。あぁ、客間も用意したから泊まって行ってもらっても構わないぞ。素晴らしき働きに感謝する、ベルセル」
「ははぁ!!」
玉座から立ち上がると、国王陛下は従者のメイドを引き連れ、玉座の間から去って行った。
そして、玉座の間に残されたふくよかなジグザグ髭の男‥‥宰相であるアルベルト・フォン・クライッセ伯爵は、俺たち聖騎士団の前にやってくると、コホンと咳払いをした後、口を開いた。
「アストルム聖騎士団よ。宴の席はこの階の下にある迎館ホールに既に用意してある。陛下のご厚意に感謝するのだぞ」
「ありがとうございます、クライッセ伯爵」
「うむ。それと、ベルセル団長。君に話しておきたいことがあるのだ。少々時間を貰えるかね?」
「話したいことですか? 分かりました」
「団長以外の者たちは先に迎館ホールに行ってもらって構わない。では、ついてきたまえ、ベルセル団長」
そう言ってクライッセ伯爵とベルセル団長は、先ほど王が通って行った玉座の背後にある通路へと連れ立って消えて行った。
聖騎士団員たちはそんな二人を見送った後、緊張が解けたのか皆同時に大きくため息を溢し始める。
そして気が抜けた様子で立ち上がり、側にいる仲間たちとぽつりぽつりと雑談をし始めた。
「はぁ。流石に玉座の間は何度来ても緊張するよなぁ」
「だよな。礼儀作法とか分からねぇから、ずっと頭を下げていることしかできなかったぜ」
「そんなことよりもさ、ほら、さっさと迎館ホールに行こうぜ? 豪勢なメシにありつけるぞーっ!!」
「まったく、お前って奴は‥‥。食い気しかないのか?」
ワイワイと楽し気にはしゃぎながら、騎士たちは廊下へと出て、下の階層へと続く階段を降りて行った。
そんな彼らの背中を静かに見つめながら、俺も仲間たちの後をついていくことに決める。
その時、玉座の間にひとり残ったジェイクがボーッと突っ立ち、空の玉座を凝視している姿が目に入ってきた。
何故か彼は首を傾げ、顎に手を当てて何やら考え込んでいる様子だった。
俺は彼に近寄り、声を掛けてみることにした。
「どうしたんだ? 行かないのか?」
「あっ、兵隊長殿! ‥‥あの、先ほどの団長と伯爵の会話‥‥何か変な感じがしませんでしたか?」
「ん? 変な感じ?」
ジェイクへとそう疑問の声を投げる。
すると彼は不安そうな顔を俺へと向けて、口を開いた。
「はい。根拠は無いのですが‥‥ベルセル団長とクライッセ伯爵が奥の通路へと進んだ時、何か、嫌な感じがしたのです」
「‥‥そうか。君の勘は当たるからな。少し、怖いな」
「申し訳ございません。突然、変なことを言ってしまって‥‥」
「いいや、構わないよ。大方、クライッセ伯爵が団長を唆そうとしているとか、そんなところだろう。かの伯爵の噂はあまり良くないことばかりを耳にするからな」
「‥‥」
「さぁ、もう行こう、ジェイク。団長殿なら大丈夫だ。彼はああ見えても聡い青年だよ」
「そうですね。はい」
そう言って頷くと、ジェイクは俺の後ろに続いて、玉座の間を後にした。
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迎館ホールにはいくつものテーブルが用意されており、その上には多くの豪勢な食事が並べられていた。
立食パーティーのような形式になっており、皆、片手に皿を持ち、仲間たちと談笑しながら料理に舌鼓を打っている。
俺は壁際に立ち、赤ワインを口にしながら、ボーッとその光景を眺めていた。
「‥‥‥‥みんな、楽しそうだな」
そう、ぽそりと独り言を呟いた直後。
ふいに、目の前を通りかかった淑女に、俺は声を掛けられた。
「おや? もしかして貴方様は‥‥『不動の大盾』、ロクス・ヴィルシュタイン様ではありませんか?」
そう声を掛けてきたのは、派手な青いドレスを着込んだ水色の髪の女性だった。
彼女は口元に手を当てると、フフッと上品に笑みを浮かべて、会釈してくる。
俺はそんな彼女に会釈を返しつつ、口を開いた。
「ええと、はい。確かに私はロクスですが‥‥貴方は?」
「これは失礼しました。私はこのレーテフォンベルク聖王国の第二王女、ミストレイン・レイス・レーテフォンベルクでございます。気軽にミストと、そうお呼びいただければ幸いでございます」
「‥‥へ? お、王女様、ですかっ!?」
俺は思わず瞠目して驚いてしまう。
しかも、この目の前の美女が、かの有名なミストレイン王女殿下だったとは、驚いて開いた口が塞がらない。
何故なら、第二王女ミストレインと言えば、この国では国民から最も人気を得ている次期聖王の有力候補だからだ。
彼女のここ数年の功績は民から高い評価を得ており、身銭を切って戦災孤児のためにいくつもの孤児院を開設し、お金が無い者でも無料で診療を受けられる医院を開くなど、その業績はとても民衆を慮ったものが多い。
そういった功績から、国民から絶大な人気を集めており、次期国王の座に最も近い王女とも呼ばれている
そんな彼女が、何故、このようなむさくるしい騎士たちの宴会の席にいるのだろうか。
突如現れたその有名人の登場に、俺は思わずぽかんと口を開き、呆然と立ち尽くしてしまっていた。
そんな俺の姿にクスリと笑みを溢すと、ミストレイン王女殿下は困ったように眉を八の字にさせた。
「そんなに恐縮しないでもらっても大丈夫ですよ。私は貴方とお話がしたくて、この場に来たのですから。もっと気軽にしてもらって構いません」
「わ、私と、ですか?」
「はい。かの高名な『不動』様に、お逢いして、貴方様に私のお話を聞いてもらいたかったのです。ですから‥‥今からテラスの方で少し、二人だけでお話しませんか? ロクス・ヴィルシュタイン様」
そう言って目を細めて笑う王女殿下に、俺は唖然としたまま頷くことしかできなかった。
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