29 強大な敵(ドリス視点)

 私たちはついに東の最果ての最後、巨城の最上階に到達した。しかし、二度に渡ってウィルを襲った攻撃が私になされた。今回もルーツが止めてくれたが、次にルーツの防御魔法が破られてしまうのは、ウィルが刺された時と同じ状況だ。


 私は死ぬわけにはいかない。魔女の秘法を使えるのは私だけなのだから。ようやくここまで来られたというのに、私はやむなくジルヴァディニドを発動させた。いつものように世界が停止して色を失い、背後から魔女の使い魔ゾリーに声をかけられる。


「ドリス、大丈夫かい……?」

「う、うん……。刺される前に使えたと思う」

「違う、そうじゃない。この状況、覆せるかという話だよ」

「……分からない」


 東の最果てにいた巨人から感じられる強さは、あれだけ苦労したアンデッド・ドラゴンと比べても圧倒的だ。一体どうすればあれに勝てるというのか……。


 結局、死界を滅することができなければマヤの死は防げない。いや、マヤだけではない、ウィルやデルロイ、ルーツ、皆の命がかかっているのだ。


「もうそれほど前の時点には戻れない。ようやく元凶まで辿り着いたから、前進には違いないけれど」

 いつになくゾリーがよく喋る。焦っているのだろうか。ジルヴァディニドの残り回数も少ないのに、これほどまでに解決の糸口が掴めないとは。


「それに、何度も君たちを襲っているあの謎の攻撃だよ。あれの正体も突き止めないと」

「う、うん……」

 私は力なく返答した。もう一度アンデッド・ドラゴンを倒して先へ進む。私たちを襲う謎の攻撃を回避する。巨城の最上階にいるあの圧倒的なアンデッドを倒す。どれ一つとして簡単ではない。


 少しずつ、私の心に諦めが忍び寄っていた。



    ◇



 戻った先は、アンデッド・ドラゴンが起因の避難作戦の最中だった。だとしたら、本当にもう時間がない。ここでベルビントが登場するからマヤとウィルの関係が崩れ、解消しなければ死界に突入した時の連携に問題が出る。


 しかし、そんなことをしている場合ではないのではないか。マヤとウィルを信じ、私は何か新しい力を探した方が良いのでは。


 考えがまとまらずに歩いていると、ルーツが休憩しながら空を眺めているのが見えた。私は自然と引き寄せられていった。頼りになるこの人の側に行きたかった。


「ルーツ……」

「ドリスか」

 ルーツが振り向いた。当たり前だが、ルーツはまでの死界での戦いを知らない。ゾリーの説明によれば、知らなかったことになっているのだ。夢が現実を侵食することで世界のやり直しを実現させている。


「何を見てたの?」

「……時空が、乱れてるんだよ」

「え?」

 ルーツのその言葉に、私はドキリとする。まさか、ジルヴァディニドのこと、気づかれたのだろうか。


「ドリスには、見えない?」

 ルーツが空を見上げたまま言った。私も上を見たが、何も分からない。


「う、ううん、何も見えないよ……」

「そっか……」

 ルーツは静かに視線を下ろし、私に向けた。


「ちょっと良くない状況だ。どういうわけか一気に悪化したと思う」

「悪化した?」

「ほんの少し前までは何か違和感を感じる程度だった。けど、今はもうはっきりと認識できる」

「……」

 ルーツの言うことが本当なら、時空が乱れているだなんて、私が世界をやり直しているからとしか考えられない。ジルヴァディニドの残り回数はまだあるが、使用を控えるべきだというのだろうか。


の世界の危機だよ、これは。この避難作戦が終わったら、俺はそっちの調査をしようかと思っている」

「え!? だ、駄目よ!」

 私は思わずルーツにすがりついた。全く予期していなかった展開に、私はパニックになる。


「ド、ドリス……?」

「ルーツがいなかったら私たちは……、私は前に進めないよ!! 行かないで!!」

 ルーツに時空の乱れが見えているのなら、その原因は間違いなく私だ。だから調査なんて必要ない! 理由を言えないのがもどかしく、私はルーツにすがるしかできなかった。


「はぁ……。別にどっかに行ったりはしない。置いていきゃしないよ」

「うん……」

 ルーツはそのまま私を抱き締めてくれた。不甲斐ないとは思う。思わず感情をぶちまけてしまったし、私がこんなにボロボロではルーツも困ったと思う。しかし、私がすがれるのはこの人だけな気がして、私はその強さに甘えた。



    ◇



 ベルビントが現れた。こいつがマヤと関係を持つのは止められないだろう。阻止できたことは一度もない。


 それでも、東の最果てにいたアンデッドを倒す力を探すため、私はマヤとウィルを信じてみることにした。私は以前に行っていた実地研修と同様に、何か武器を探すため、情報を集めた。そして、まだ試したことのない古代遺跡へ向かうことにした。


「ドリス、また実地研修か?」

「ルーツ……。いいえ、実地研修は休止中よ。これは自主的な活動」

「そうか。けど、やることは同じなんだろ?」

「……うん」

「なら、俺もついていくよ」

「え……? 時空の乱れの調査は?」

「そっちは、恐らく今俺ができることは何もない」

「そ、そうなんだ……」


 私にすら感知できない時空の乱れという現象に気づいたあたり、ルーツが世界のやり直しを把握するのは時間の問題のような気がする。しかし、ジルヴァディニドを他人に知られてはいけないという制約が破られたのなら、ゾリーが伝えてくれることになっている。それがない以上、ルーツに知られてしまったわけではないのだろう。


「……」

 そろそろジルヴァディニドの残り回数に関わらず、打ち明けて最後のループとするべきなのではないか。私は少しずつそう思い始めていた。



    ◇



 調査した遺跡に大したものは無かった。日数を使ってしまったから嫌な気分で私はルーツと共にセンクタウンに帰還した。


 もう、東の最果てへの突入作戦が始まる時期であり、マヤとウィルの関係が修復されていないと困ることになるから、私はすぐに彼らの様子を見に行った。


「嘘でしょ……」


 放り出して行ったのは間違いだった。マヤは変わらずに私に泣きついてきたが、ウィルがいつも以上に心を閉ざしてしまっている。どうやらデルロイの怒りが収まらなかったらしく、デルロイがウィルにマヤと距離を置けと言い続けたことでこうなったようだ。


「もうやだ……。疲れたよ……」

 私は街の公園のベンチに座って天を仰いだ。ウィルが頑なになっているから、いつものように励ますのは無理な気がする。結局、いつも頑張っていたのは私だったということなのだろうか。


「ベルビントか……。厄介な問題だな……」

「ルーツ……」

 ルーツが私の隣に腰掛けた。今回、ルーツはマヤとベルビントが不貞を起こすのを初めて見たはずだ。思うところもあるのだろう。


「私が、この街に残ってあの二人を励まさないと駄目だったかな……」

「へぇ、ドリスはマヤとウィルが元に戻るべきだと思ってるんだな」

「うん……。あの二人は愛し合っているもの……」

「ドリス、あの三人のこと……」

「え……?」

「……」

 ルーツは言葉を続けようとしたかに見えたが、口を抑えて黙ってしまった。


「ルーツ?」

「いや、何でもない。これは話せないらしい」

「どういうこと?」

「まあ、俺もマヤとウィルの本質は見えているつもりだ。離れるべきではないと思う」

「……うん」


 ルーツは毎回こう言ってくれる。私一人の奮闘ではなくなった。それが、嬉しかったのか、私はまたルーツの前で泣き始めてしまった。


 しかし、マヤとウィルの関係は以前ほどの修復をすることができないまま、私たちは東の最果てに突入することになった。

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