第45話 畑を踏み荒らしてやがる

 バルセール騎士団は、領都バルセールに本部を持ち、領地を治めるアルトレウ侯爵が保有する領内最大の武力集団だ。


 騎士の称号を有する団員たち全員が、天職持ちの戦士であるという、少数精鋭。

 毎年、天職を与えられたばかりの少年少女たちの大半が騎士を目指すが、倍率は五倍を超える狭き門だった。


 そんなバルセール騎士団は、領都の城壁外に広がる平原地帯にやってきていた。

 普段は騎士団本部内で訓練を行っている彼らだが、時々こうして広い場所でより実戦的な演習を行うことがあるのだ。


 だがその日、いつも演習に利用している地点に赴いた彼らは、信じられない光景を目の当たりにしていた。


「畑、だと……?」


 そこに広がっていたのは、どこからどう見ても畑だった。

 なにせあちこちから野菜らしきものが生えてきているのである。


「こんな場所になぜ畑が……?」

「ついこの前、ここで演習をしたときはこんなものなかったぞ?」

「そもそもこの辺は土が悪くて、作物は育たないはずだろう? だから領都で消費される食料は、領内の各地から輸送されてきているのだ」


 隊長格らしき騎士たちが集まって、このあり得ない事態に首を傾げつつ、話し合う。


「どうする? 訳の分からない畑だが、俺は田舎の農村出身だから、正直あまり荒らしたくはない」

「だが演習を行うのに、ここが一番適した場所だぞ? こんなところを勝手に畑にしたやつが悪い。それに騎士団長なら確実にこんな畑、気にせずやれと仰るだろう」

「私も同意見だ。まぁ騎士団長を説得できるというなら、別の場所に移動しても構わないが?」

「い、いや、それはやめておこう……」

「では決まりだな。このままここで演習を行う!」


 そうして隊長たちの合図を受けて、騎士たちが一斉に畑の中へと踏み入っていった。








「っ!? これは……畑に侵入者?」


 その日、冒険者ギルドを訪れていたルイスは、ふと嫌な予感を覚える。

【農民】の持つ特殊な能力の一つなのだろう、彼はたとえ農地が見えていなくても、何かが近づいたり足を踏み入れたりすれば、それを察知することができるのだ。


「悪い。ちょっと話は後だ。すぐに行かないと」

「えっ? ちょっ、ルイスさん!? って、もういなくなっちゃった……」


 ちょうどフィネと依頼についての話をしていたところだったが、強引に中断してギルドを飛び出す。

 Bランク冒険者になったことで、ギルド側から依頼を紹介されるようになったのである。


 建物から出ると、ルイスは宙を舞った。

 風を操って空を飛んだのである。


 これならわざわざ城門を通らなくても、真っ直ぐ目的地の農地に行くことができるのだ。

 城壁を悠々と越えると、すぐに今朝も農作業をしていたその一帯が見えてきた。


「人がたくさんいる……? っ! しかもあいつらっ……畑を踏み荒らしてやがる……っ!」


 武装した集団が、ルイスの作った畑に当たり前のように入り、二つのグループに分かれて激しく交戦しているのだ。

 ……ちなみにルイスは彼らが騎士団だということは分かっていない。


「俺が育てている作物が……」


 剣で斬り合う者たちが足元の野菜を次々と踏み潰し、飛び交う魔法が直撃して果樹が根元から折れ、果物を散乱させながら倒れ込む。

 当然、収穫間近の作物もその犠牲となっていた。


 ブチッ。


「……許さんっ!」


 ルイスは激怒した。

【農民】である彼は、自分の農地を荒らされるとブチ切れるのだ。


 そのまま勢いよく畑の近くに着地する。


 ドオオオオオオオオンッ!!


「「「っ!?」」」


 着地の際に巻き起こった轟音に気づいて、演習中の騎士たちが思わず動きを止めた。


「何だ、今の音は?」

「爆発?」

「おい、見ろ、あそこに誰かいるぞ!」


 濛々と上がる土煙の中からルイスが姿を現す。

 そして大声で叫んだのだった。


「俺の農地を荒らすんじゃねええええええええええええええええっ!!」

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