第30話 少し自信があるんだよ
ビビアンは伊達に酒場の店主をやっているわけではなく、自他ともに認める酒豪だった。
店でトラブルを起こした客に酒戦を吹っ掛け、幾度となく酔い潰しては店外に放り出してきたほどである(なお酒代はしっかりその客に請求)。
なのに、ルイスよりも早く限界がきてしまった。
「(だ、だがこれは逆にチャンス……このまま介抱してもらう体で、うちまで連れ帰ってもらえば……)」
「酔ったときはこの梨を食べたらいいぞ」
「……へ? むしゃむしゃ……うま過ぎいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
思わず食べてしまった梨の甘さと瑞々しさに驚愕するビビアン。
と同時に、先ほどまで視界がぐにゃぐにゃ揺れていたというのに、目の焦点が合っていった。
「よ、酔いが……覚めた……?」
「今のは毒消し梨だ。お酒で酔ったときにも効果があるんだ」
「そう……(余計なことするんじゃねええええええええええええっ! でも梨めちゃくちゃ美味しかった……っ!)」
作戦が失敗に終わったビビアンは、肩を落としつつも疑問をぶつけた。
「てか、さっきのブドウもそうだけれど、アンタのその謎の食べ物はどこから仕入れたんだい? そういや、カボチャやレタスも……」
「仕入れたんじゃなくて、自分で作ったものだぞ」
「……はい?」
「品種改良を繰り返してな」
「何を言っているか分からないんだが……?」
ルイスが自分の天職が【農民】であることを説明する。
「の、【農民】っ!? 親父の手伝いをしてた頃も合わせると、長くこの店で色んな冒険者を見てきたけど、そんな天職、聞いたこともないよ……?」
「だろうな」
冒険者ギルドでも、前例のない天職だと言われてしまったのである。
「だからその格好だったのかい……。どう考えても、戦士には向かなさそうな天職だけれど……あの
「一応、俺も力には少し自信があるんだよ。農作業で鍛えたからな」
「そ、そういう問題かい?」
とそこで、ビビアンは何かに思い至ったように、ぽん、と手を打った。
「ということは、アンタに頼めば、美味しい食材を仕入れることができるってことかい?」
「そうだな。まだこっちには畑自体ないから、すぐには難しいが……どのみち冒険者をしつつも、少しは農業もやろうとは思っていたんだ。収穫ができるようになったら、持ってきてみるよ。どうせ一人じゃ食べ切れないだろうし、収穫したものをどうしようかと思ってたところだったんだ」
【農民】の性なのか、実は無性に農作業をやりたくなっているルイスだった。
「本当かいっ? そいつはありがたいね! アンタのことだ、最高の食材が期待できそうだね!(酔い潰し作戦は失敗したけれど、これで少しずつ距離を詰めていけば……)」
翌日の早朝。
領都の城壁外に広がる平原地帯に、ルイスの姿があった。
朝の清々しい陽光に照らされながら、何度も何度も地面に鍬を突き立てている。
どうやら土を耕しているらしいが――
ザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクザクッ!!
――物凄い速度である。
恐らく普通の人間が全速力で走るよりも速いだろう。
しかも鍬を振り下ろす速度があまりにも速過ぎて、もはや視認が難しいほど。
さらにこの領都周辺は植物が少なく、痩せた土壌ゆえにあまり農地には適さない。
にもかかわらず、ルイスが一度でも鍬で耕した場所が、明らかに肥沃な土へと変わっていく。
「ふう、こんなところかな?」
やがて領都のすぐ近くに、十万平方メートルほどの畑が完成したのだった。
「って、また刃が曲がっちまったか……。柄はゴボウだから丈夫なんだが、やっぱりこの刃の部分が弱いなぁ……。ミノタウロスと戦ったときも壊れたし、もっと丈夫にできないものか……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます