第8話 そいつはオレの幼馴染だが

 十二年前。

【農民】という天職を授かったルイスは、夢だった戦士としての道を断たれた。


 そのショックがあまりにも大きかったせいで、正直あまり街のことは覚えていない。

 二度と来ることもないだろうと思っていたが、


「……またこの街に来ることになるなんてな」


 領都は周囲を分厚い城壁で取り囲まれた、円形の都市だ。

 そのちょうど中心に立つアルトレウ侯爵の居城から、放射状に幾つもの道が伸びている。


 領都の賑やかさは、ルイスが生まれ育った村とは比較にもならなかった。

 街を歩く人たちも華やかで、村で農作業ばかりしていたルイスが、酷く場違いに見えてしまう。


 なにせ今ルイスが身に着けている服は、その農作業用のものなのだ。

 すれ違った人たちが、チラチラと視線を向け、クスクスと笑い声を零している。


 もっとも、当の本人はあまり気にしてはいないが……。


「もしかしてあれか?」


 それらしい建物が見えてきた。

 立派な入り口の門に、『バルセール冒険者ギルド』という大きな文字が書かれた銘板が張り付けられているので、間違いないだろう。

 ちなみにバルセールというのは、この街の名前である。


 建物の中に入ると、広々としたエントランスが出迎えてくれた。

 所属する冒険者たちだろう、汗臭い男たちが騒いでいたりはするが、まだ建物自体が新しいためか、全体的に小奇麗な印象を受ける。


「ええと、サブギルドマスターってどこにいるんだ?」


 受付があったが、世間の常識に疎いルイスはそれをスルーして建物の奥へ。

 職員しか入ることのできない場所にまで入り込んでしまったルイスだが、幸か不幸か、作業員のような服装のお陰で、誰にも咎められることなく、二階にあったサブギルドマスターの部屋まで辿り着いてしまった。


「ここだな。ちゃんとドアプレートに書いてある」

「うおっ、何だ!?」


 ノックもせずにドアを開けると、中にいた禿頭の男が驚きの声を上げた。

 筋骨隆々の巨漢だが、年齢は五十代ぐらいだろうか。


「おいおい、びっくりしたぞ。ノックぐらいしてから入ってきてくれ。……しかし、見慣れない顔だな? その格好、もしかして清掃員か?」

「いえ、違います。ええと、あなたがバルクさん?」


 部屋にはその大男の他にもう一人、二十歳ほどの若い女性がいたが、名前からして男の方だろうと当たりをつけるルイス。


「ああ、オレがバルクだが」

「これ、代官のミハイルさんからです」

「なに? ミハイルだと? そいつはオレの幼馴染だが……そういや最近またやらかして、地方の代官をやらされることになったって言ってたな。そのミハイルがオレに手紙を?」


 訝しそうに首を傾けつつも、大男――バルクが手紙を受け取る。


「確かにあいつの筆跡だな。なになに?」


 読み進めていくにつれ、途中でだんだんと顔が強張っていった。


「ああ、ダメだ! 読めねぇ! あいつ、難しい単語ばっかり使いやがって!」


 隣にいた若い女性が溜息をつく。


「それほど難しい単語は使われていないように思いますけど?」

「オレは読むのが苦手なんだよっ。代わりに読んでくれっ」

「……サブギルドマスターなら、これくらいは読んでもらいたいですね」


 呆れたように言いながら、その女性が手紙を代読した。


「――ということで、彼がこの冒険者ギルドで働けるよう、便宜を図ってほしいとのことです」


 彼女が読み終わると、バルクは「マジか」と呟く。


「天職が【農民】だと? 初めて聞いたぞ。確かに、明らかに戦士に向いていなさそうな天職だが……ワイバーンを瞬殺できるようになるやつを、どこもかしこも門前払いしちまうとはな」


 それから面白そうにニヤリと笑って断言する。


「いいじゃねぇか! 採用決定だ! ミハイルが言うなら間違いねぇしよ!」

「ほんとですかっ?」


 あっさりと認められて、喜ぶルイス。

 だがそれも束の間、若い女性の方がきっぱりと告げたのだった。


「ダメです、サブギルドマスター。認められません」

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