第5話 普通に断られました

 自分の何倍もの大きさがあるワイバーンを、そのまま放り投げてしまうルイス。

 ワイバーンの巨体は何度も地面をバウンドしながら、百メートルほど先でようやく停止した。


「な、何という力だ!? 一体これのどこが『戦士に向かない』だ!?」

「はは、害獣駆除も農作業の一つですからね。さすがに他の天職の皆さんのように、強い魔物は倒せませんよ」


 謙遜するルイスだったが、そもそもワイバーンは強い魔物だ。


「わ、ワイバーンは危険度Bに指定される魔物だぞ……熟練の戦士ですら、下手をすれば深手を負いかねないレベルの……それをいとも容易く……」


 ミハイルが知る限り、こんな真似ができる戦士は、ほんの一握りしかいないはずだった。


「グルアッ……」

「ま、まだ生きているぞ!?」

「あっ、逃げていく……っ!」


 ルイスにぶん投げられたワイバーンだったが、ボロボロながらもまだ死んでいなかったようだ。

 もはや完全に戦意は喪失しているようで、辛うじて翼を広げると空へ逃げていった。


「「「助かった……」」」


 と安堵の息を吐くミハイルたちだったが、


「逃がすとまた来る可能性もあるし、このまま仕留めますね」

「……仕留める? もうあんな高さだぞ? さすがに……」


 そのとき周囲が急に暗くなった。

 上空をあっという間に真っ黒い雲が覆い尽くしていく。


 次の瞬間、空で目が眩むほどの光が弾けた。

 ほぼ同時に凄まじい轟音。


「な、何だ!?」

「雷っ!?」

「ワイバーンが……っ!?」


 全身から煙を上げながら、ワイバーンが地上へと落ちてくる。

 地面に激突し、動かなくなった。


「今の雷は、まさか……い、いや、さすがに偶然だよな……あり得ないレベルの偶然だが、そのはず……うん……」

「あ、俺が呼びました」

「やっぱりか!? 君は一体何なんだ!?」


 ミハイルは確信した。

 これほどの男を、こんなところで終わらせるのはあまりにも惜しい、と。


「……ルイスと言ったな?」


 神妙な面持ちでミハイルは切り出した。


「君は今すぐ、戦士になるべきだ」

「え?」


 驚くルイスに、ミハイルは断言する。


「【農民】は『戦士に向かない』だなんて、とんでもない。明らかに君は強い。戦士としても確実に通用する。私が保証しよう」

「ほ、本当ですか……? ただ、俺は十二年前、騎士団の採用試験で門前払いされたんですが……。商会の護衛団でも義勇団でも、似たようなものでしたし……」


 天職を与えられた者たちの進路の一つが、国や領地が保有している騎士団だ。

 騎士団に所属できることは大きな誇りであり、また一生安泰ということもあって、人気の進路である。


 ただし採用条件が非常に厳しく、それゆえ神々に選ばれた戦士であったとしても、騎士団に入ることができるとは限らない。

 事前に数か月の試用期間が存在し、そこでの評価次第で正式採用を見送られることもあった。


 また、商会の護衛団も人気が高い。

 特に大規模な商会ともなると、戦士を破格の給与で雇ってくれるため、金目当ての者たちにとってこれ以上ない就職先である。


 主に隊商の護衛がその仕事で、軍と比べて危険な任務を負わされることも少ないというのも、人気の理由の一つだろう。


 そして軍や商会で不採用になった者たちが最後に行きつくのが、各地にある義勇団だ。

 これは民間の軍事組織であり、主に街や村の周辺に出没した魔物や盗賊の討伐などを行っている。


 義勇団員の大半は天職を持たない非戦士であり、戦士は大いに歓迎される。

 ただしその多くは資金難に苦しんでおり、給与はあまり期待できない。


 どんな人間であっても、戦士であるというだけで、まず義勇団から門前払いされることなどあり得ない。


「って、聞いていたんですけど……普通に断られました」

「なるほど……確かに【農民】と聞けば、だが心配することはない。そんな君でも、戦士として活躍できる場所があるのだ」

「え? そんなところがあるんですか……?」

「ある。それは――」


 半信半疑のルイスに、ミハイルは確信をもって告げたのだった。


「――冒険者ギルドだ」

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