第3話 あれが小麦なのか

 いつものようにルイスが農作業に精を出していると、彼の農場に近づいてくる複数の人影があった。


「村長? 何の用だ? また生産量を増やしてほしいって話か?」


 そのうちの一人はルイスもよく知る人物だ。

 彼の生まれ育った村の村長で、いつも大量の作物を買い取ってくれている。


 天職が【農民】だったせいで、戦士になることができなかったルイスを、再び村に迎え入れてくれた恩人でもあった。

 それもあってルイスは村長に頭が上がらず、幾度となく生産増を要求されても素直に答えてきたのである。


 畑を飛び越え、ルイスは彼らの近くに着地した。


「何か御用ですか?」

「っ!? 空から降ってきた!?」


 ルイスの登場の仕方に、彼の知らない中年男性が驚く。

 村長がその男性のことを紹介してくれた。


「この方は最近この地域の代官になられたミハイル殿じゃ。実はお前の農地を見たいとのことでな……」

「そうなんですね。初めまして、ミハイル様。俺はルイスといいます」


 代官というものが何か分からなかったが、きっと偉い人なのだろうと判断して、ルイスは丁寧に自己紹介する。


「……? 私は村の農地全体を見せてもらいたいのであって、個人の畑を見たいわけではないのだが」

「いえ、うちの村で農業をしているのは俺だけですけど」

「は? ちょ、ちょっと待ちたまえ。こうした田舎の村で、農家は君だけだというのか?」

「そうですよ? 昔はもっとみんなでやってましたけど……あまり戦力にならないので、今では俺一人です」

「たった一人だと……?」


 ミハイルが確かめるような目を村長に向けるが、村長は気まずそうに視線を逸らす。


「そ、それで、ここは何を育てているのだ? 異常に生い茂っているが……」

「この辺りはじゃがいもですね。掘ってみましょうか」


 じゃがいもは土の中にできるので、ルイスは軽く奥にあるじゃがいもを露出させた。


「今、手も触れていないのに土が勝手に動かなかったか!?」

「おっ、いい感じに育ってますね」


 眼前で起こった異変に驚くミハイルを余所に、ルイスはじゃがいもを土の中から取り出す。

 それはルイスの頭の三倍はあろうかという、巨大なじゃがいもだった。


「大き過ぎないか!?」

「最近はこれくらいのサイズがうちのスタンダードですね」

「ま、まさか、ここの野菜はどれもこんな感じなのか……?」


 それからルイスはキャベツやニンジンなども掘って見せてあげた。

 特にキャベツは直径一メートルを超える大きさで、ミハイルは「もはや植物系の魔物ではないか……」と呟いていた。


「他にも色んな野菜を栽培しています。あと小麦も。というか、小麦が圧倒的に多いです」

「小麦っ! ではやはり……っ!」


 野菜はルイスの農場のメインではなかった。

 実はその何倍もの量の小麦を、同時に生産しているのである。


 ミハイルの希望を受けて、ルイスは彼を小麦畑に案内することにした。


「ではその場に座ってください。ので」

「何を言って……なっ!?」


 突然、彼らの足元の地面が蠢き出したかと思と、まるで魔法の絨毯のように、彼らを乗せたまま動いていく。


「一体どうなっているのだああああああああああああっ!?」


 馬を超える速さで地面が移動すること、しばらく。

 やがて一行の前方に小麦畑が見えてきた。


「あれが小麦なのか!?」


 ミハイルが驚いたのも無理はない。

 黄金色に輝く小麦の高さは、ゆうに五メートルを超えていたのだ。


「しかも大量の実がついている……というか、これをたった一人で収穫しているのか……? かなり広大だが……」

「小麦の収穫は結構、簡単ですよ。ちょうどこの辺りは収穫できそうなので、やってみましょうか」


 そう言ってルイスは、胸の前で右腕を水平に構えた。


「はっ!」


 彼が右腕を横に薙いだかと思った次の瞬間、前方の小麦たちが一瞬で刈り取られていく。


「……はい?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る