③
「だが叔父は、完全に壊される前にすべてを捨てて逃げ出し、そのまま行方をくらましたんです。母に居所を特定されないためでしょうね。逃げられたことで、母の叔父への執着はより強くなりました。その時はもう僕への当てつけとか関係なく、どんな手を使ってでも叔父を見つけ出そうという執念にひたすら駆られていて、顔つきも見たことないくらい荒んでて……僕は母が怖くて怖くて仕方なかった」
間宮は震えを抑えるように自分の二の腕をつかんだ。
「そして三か月くらい経った頃。母は何の前触れもなく叔父と一緒に帰ってきたんです。父と三人で。叔父はホームレスに混じって掃き溜めのような高架下で暮らしていて、そこに母はいつもの上品で小綺麗な格好で自ら叔父を迎えに行ったそうです。——報道では叔父が家に侵入したとありますが、実は母が招いたんですよ」
間宮はまるで自分のことのように絶望し、俯く。
「……そこまでして君の母親から逃げていたのに、なぜ叔父は家に来た」
「叔父はもう、母に言われたらどうしても逆らえないんだ。そう躾されてたから」
それは躾でなく洗脳というんだ——イスルギは心中で呟く。
「それが事件の日の夕方のことです。母は、叔父のために用意したご馳走の前で、お帰りなさいって優しく叔父の手を取ったんです。……そしたら、叔父さんはテーブルのナイフを——」
そこで間宮はゆっくりと目を見開いた。瞳孔が、じわっと開いたのがわかった。
「――母の目に、押し込んだんです」
一瞬の出来事でした——間宮はまばたきもせずに言った。
「母の次は父でした。止めようと向かってきた父を叔父は殴り倒して、首を絞めた。僕は怖くて身体が動かなくて、カーテンにしがみついて一連を見ていました。次は自分だって思いました。でも叔父は、すぐそばにいた僕でなく逃げ出したお姉ちゃんを追っていったんです。お姉ちゃんは叔父さんのことをすごく気に入っていて。だから叔父さんは、僕よりお姉ちゃんを優先したのかもしれない。お姉ちゃんはお母さんと顔もその
入手した生徒会広報誌に載っていた姉の顔写真が思い出された。よく手入れされた黒髪を肩までまっすぐ垂らした、いかにも清楚なお嬢さんという風だった。
「叔父がお姉ちゃんに手をかけている間に、僕はリビングの掃き出し窓から逃げました」
お姉ちゃん――
「……当時の記事では、犯行時、君は友達と遊びに行っていたとあった。犯行現場には居合わせていなかったんじゃないのか?」
「居たんです。そこまでは。でも警察には午後はずっと友達と外で遊んでたと証言しました。友達も話を合わせてくれて……。僕が家を出たあと、叔父は三人の首を包丁や鋏で切断したそうですね。当時の新聞や週刊誌の記事で読みました。死後に為された遺体損壊から猟奇的犯罪だとか強い怨恨だとかそれらしく書いてありましたが、そうじゃない。叔父は家族に蘇ってほしくなかったんです。……そこまでやった叔父の気持ち、僕はわかる」
間宮は手を伸ばし、叔父の髪をそっと指ですいた。
「あの母に頑張って
憐れみと、罪悪感に満ちた眼差しだった。
「イスルギさんは、僕が叔父を引き取った理由を家族の仇を打つためと言ってましたが、僕はそんなつもり、まったくなかったんですよ。むしろ感謝してるし、大事にしてるつもりです。長生きしてもらわなきゃなりませんし。一生面倒見るつもりです。病院や施設に入れるなんてとんでもない」
「大事にしているというのに、手首と足首の腱を切ったのかね」
間宮はぴくりと
「前回、タオルを温めるためにこの場を離れただろう。その時に、叔父さんの様子を見たんだ。解離状態が続いているとはいえ、殺人犯の手の届く範囲に剃刀を置きっぱなしにしておくなんておかしいと思ってな。そしたら——驚いたよ。体中、刃物の痕だらけで」
「……僕がやったんじゃありません」
「そうだな。君は虐待行為などできる人間じゃない。叔父の主治医に話を聞きに行ったが、彼女も本人の自傷行為だと言っていた。——だが、この手足の大事なところ――」
イスルギはベッドに投げ出された手をつかみあげ、ひっくり返した。痩せた手首がぐらんと反り、白く盛り上がった傷跡がさらけ出された。
「これは自傷によるものじゃない。こればかりは君がやったんだろう、叔父を逃がさないために」
イスルギは間宮の顔を見据え、低く言った。
「違います。僕じゃないのは本当ですよ。……叔父の手足を使い物にならなくしてくれたのは、主治医の先生ですから」
何、と目を見開いたイスルギを、間宮は見返した。
「殺人犯の叔父と同居する僕に危険が及ばないように、こっそりやってくれたんです」
「……君がそうゆうふうに仕向けたのか」
「だってあの先生、僕にものすごく同情していますから。在宅介護にもすごく反対してくれて。彼女もね、イスルギさんのようにいい施設を紹介してくれると言ってくれた。僕のために」
優しいですよね、医者に向いてないんじゃないかな、と間宮は呟くように言った。
「手足を使えなくしたのは逃亡防止のためもありますが、何より自殺されないようにと思って……。だって叔父さんがいなくなったら、誰があの家族から僕を解放してくれるんです?」
イスルギは絶句する。
間宮はどこか泣き出しそうな、歪んだ笑みを浮かべた。
「こんな残酷なことをしておいて……大事にしてるなんて、本当によく言えたものですよね。叔父は僕と同居を始めてから、あっという間に壊れてしまった。それでも家族は叔父を手放さなかった。もう反応もしなくなった叔父を毎日毎日責め苛み——僕はもう申し訳なくて、かわいそうで、何度も主治医の先生に病院に入れてもらおうって思いました。物理的に僕から離れれば家族は叔父のもとに行けませんから。……でも、また一人きりで家族を背負うなんて――僕にはもうできなかった」
爪やすりを握りしめたまま、間宮はぐっと堪えるように唇を噛んだ。
「——そんなときに、三ツ橋があなたのアルバイトを紹介してくれたんです」
イスルギは不意を突かれたかのように間宮を見た。
間宮はベッドの縁あたりに視線を落としたまま続けた。
「はじめは、単純にお金が必要だからという軽い気持ちだったんです。あなたが指摘したように介護費も
「薄くだと?」
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