②
*
駅を出ると、景色は夕焼けの濃いオレンジ一色に染まっていた。
ただ、そこは大学の最寄り駅前ではなく、まったく見知らぬ場所だった。どこか鄙びた駅前商店街が広がっているはずなのに、整然とした街並みが広がっていたのだ。
視界に映る、焦点の合わない道路標識に目を凝らす。——都営地下鉄光が丘駅。
(は? 地下鉄?)
先程まで普通に地上のホームにいたはずである。目の前は海で普通ではなかったのだが――とにかく地下鉄ではなかった。
間宮はまったく疑問に思ってないようだった。帰路を急ぐあまりそれどころでないのかもしれない。
だがそこは間宮にとってはよく見知った場所のようだった。迷いない足取りで歩道を駆けてゆく。
(あれ、そういえばしょうちゃんは――)
いつの間にか一人だった。夢あるあるである。
俺は、彼がいないことに酷く不安を抱いた。
一方で、間宮の意識からはしょうちゃんはすっかり消えているようだった。その胸中は、恐怖にも似た切迫感に押しつぶされそうになっていた。
早く、早く帰らないと間に合わなくなる——。激しくそう思いながらも、家に帰ることへの尋常でない怯えを感じていた。
早く帰らなきゃだけど怒られるから帰りたくない。そういった子供じみた葛藤なんかじゃない。帰らなければ恐ろしいことが起ってしまうのに、帰ってしまったら終わりが来るように思う。——家で、一体何が待っているというのだ?
その時、車道を挟んだ向かいの歩道に立つ一人の男に目がとまった。
男は一見背景に紛れているようで、ものすごく浮いていた。それぞれ往来している夢の登場人物たちの中で、一人、こっちをむいて突っ立っているのだ。
焦点があってないので
(……何だあいつ)
間宮は男に気付いた様子なく、そのままバス停に向かってゆく。
すでにバスは着いていて、間宮は開きっぱなしのドアに駆け込んだ。ICカードをパネルに当て、大きく息を吐く。その時、視界に入った運転手の姿に、俺はぎょっとした。制帽の下に黒いケープのようなものを下げ、顔を隠しているのだ。
乗客は五人しか乗っておらず、車内はがらがらだった。皆、黒のケープを被り、そろって首を垂れてうつむいている。
明らかに異様にもかかわらず、間宮は気にもしないようすで座席に向かう。もしかして、同じ展開の夢を何回も見ているのかもしれない。
なんだかぞっとしながら間宮の視界越しにあたりを眺めていると、一番後ろの端の席に座った男がケープをかぶっていないことに気付いた。
ぎくりとした。あの浮浪者然とした作業着の男だった。無表情でじっとこっちを見ている。
間宮は降車ドアに一番近い、中ほどの席に座った。男の姿は視界から外れ、見えなくなる。
——出発します。お立ちの方はおつかまり下さい——。
合成音声の放送が入り、ドアが閉まった。
背後——というか、男の姿が見えないのがなんだか怖かった。背後から何かされないか。すぐ後ろにいたらどうしよう。いや、何をされたってそれは所詮夢の中の話なのだ——。俺がそんなことをぐだぐだと考えている一方で、当の間宮は膝の上で拳をぐっと握りしめ、フロントガラスを見据えていた。
何個目かの停留所で、間宮は停車ボタンを押した。
――次、停まります。
単調な車内アナウンスが入った。
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