第6話:枯死(Side:エンジョー①)
「あのクソ悪女がいなくなって本当に良かったわい!」
「エンジョー様のおかげでこの国にも平和が戻ってくるざんす」
フレイヤを追放して、ワシはとにかく清々しい気持ちだ。
国民どもの不満が爆発する前に、フレイヤでガス抜きできた。
最近支持率が落ちている。
今より豪勢な生活を送るために、税金を大幅に上げたからな。
このままでは暴動が起きかねない。
頭を悩ませていたときに、ちょうどいいタイミングでフレイヤが外れスキルを授かった。
その話を聞いたとき、これだ! と思ったのだ。
フレイヤは悪女の生まれ変わりだというデマを流してやる。
「それにしても、国民どもは愚かだな。ワシらが流したウワサに、あれよあれよと乗っかりおって」
「アテクシも笑いを堪えるのが大変でざんした。国民どもの怒り狂った顔は、それはもうおかしくて……ぷくくくく」
「まぁ、愚民どもの方が支配しやすいから良いのだが」
王宮直属修道院の長であるアンチコメの協力があれば、国中に伝わるのもあっという間だった。
この女もフレイヤが目障りだったようだからな。
一石二鳥というヤツだ。
アンチコメとの不貞にも気づいていたようだし、国民どもに暴露される前に追放できてよかった。
まぁ、王宮の使用人どもはフレイヤを気にかけていたようだが。
「しかし、あの女にこんな使い道があったとは思わなかったぞ。おかげで、ワシの支持率も急上昇だ。言い方を変えればそれこそ聖女かもしれんな」
「エンジョー様は冗談がお上手でざんすねぇ。そこもまた魅力的ざんす」
「ははは、ワシは頭が良いだけでなく、冗談もうまい男なのだ」
これはもう、さすがの手腕だと言わざるを得ないだろう。
税金を重くした不満を、フレイヤに擦り付けて解消したのだから。
処刑ではなく追放することで慈悲深い王を演出。
国民どもも、今ではすっかりワシを支持している。
まぁ、税金は上げても下げることはありえないがな。
頭の中でフレイヤを追い出したときのことを思い出して楽しくなっていたら、アンチコメがワシの膝を艶めかしい手つきで撫でてきた。
「愛しのエンジョー様、そろそろファンデーションがなくなりそうざんすが……」
「なに? この前買ったばかりではないか」
「あんな量では二週間ももたないざんす。他にも口紅が、化粧水が、パウダーが……」
アンチコメはとにかく大量に化粧品を使う。
この女の化粧代を捻出するのも大変に困難だ。
わがままに疲れてきたので、とりあえず話題を反らしたい。
「アンチコメ、修道院に戻らなくていいのか? 祈祷の時間が……」
「その話はしないでざんす! いくらエンジョー様でも言って良いことと悪いことが……!」
「わ、わかった。わかったから静かにしてくれ」
祈祷について言うと、途端に機嫌が悪くなる。
そういえば、フレイヤは祈ってばかりだったな。
他の修道士に虐げられても、神への祈りだけはやめなかった。
まぁ、それくらいしかやることがなかったのだろう。
アンチコメの金切り声に疲れていたら、部屋のドアがドンドン! と激しく叩かれた。
もういい加減にしろ。
「なんだ、騒がしい。もっと静かにせんか」
「「国王陛下、大変です!」」
数人の使用人が、慌ただしく部屋に転がり込んできた。
ずっと走ってきたのか、汗がダラダラしている。
みっともないヤツらだ。
「貴様ら、ワシの前に出てくるときは身なりを整えろ! ワシはテーヒョーカ王国の国王だぞ!」
「「も、申し訳ございません! しかし、異常な事態でして……」」
な、なんだ?
いつもなら怒鳴り散らしたら一目散に逃げていくのに……どうした?
不穏な気配にやや緊張していたら、使用人の一人が恐る恐る話し出した。
「そ、それが、王宮の世界樹が枯れてしまったのです」
「……なに?」
その言葉を聞いて、ヒヤリと嫌な汗が背中を伝う。
一瞬の間を置き、心臓がドキドキと脈打つ。
傍らのアンチコメも顔が固まっていた。
「世界樹が……枯れた? 王国を守護する象徴だぞ……?」
「わ、私どもにも全く理由がわからず……」
い、いや、ウソだ。
ウソに決まっている。
とうてい信じられるはずもない。
「ふ、ふざけるな! そんなことあり得るはずがないだろうが! ワシを騙そうとするのか!」
「騙そうなどしておりません! お願いです、一度世界樹の様子を見てください!」
「ふんっ……! もし枯れてなかったら貴様も追放するぞ」
アンチコメと一緒に世界樹の元へと急ぐ。
王宮の奥にある中庭に生えており、古来、テーヒョーカ王国の建国時からそこにあったとされる樹だ。
大人が数人手を繋いでも囲めないほど幹が太く、王宮の屋根から顔を出すほど背も高い。
もう死んだ父母からは、“神の加護が形になった樹だから大切にしろ”、“毎日神様に祈りなさい”と言われていたが、そんなことは知らん。
樹の世話など使用人にやらせていた。
時間のムダだからな。
実際、中庭に行くのも何日ぶりかわからん。
ずかずかと歩いていたら、アンチコメが心細い声で話してきた。
「エ、エンジョー様、本当に枯れたのでしょうか……」
「そんなわけなかろうが。枯れたなどウソに決まっている」
あんな大きな樹が枯れるわけがない。
ワシは終始強気だった。
しかし、中庭に着いたとき、ワシとアンチコメは絶句せざるを得なかった。
「ほ、本当に枯れておるではないか……」
「葉っぱも全て落ちてしまっているでざんす……」
そこにはただただ無残な大木が立っている。
記憶の中では青々茂っていて生命力の象徴のようだった世界樹は、見るからに不健康な老木に過ぎない。
幹も枝もやせ細り、今や押しただけで倒れそうだ。
呆然とした気持ちで眺めていたら、ふと周りの視線が気になった。
そういえば、世界樹に何かあったときは国王の責任ということになっている……。
「なぜこうなったんだ! 貴様ぁ! 世界樹の世話を怠ったな!」
責任を擦り付けるため、近くにいた使用人の胸倉を掴み上げる。
恫喝すれば、こいつらは簡単にワシの言いなりになった。
「それが全くわからないのです! 私どもの責任にされても困ります!」
「な、なに」
「そもそも、国王陛下だって全然様子を見に来られなかったではありませんか!」
「や、やめろ!」
いつもならすぐに謝り出すのに、そんな素振りはない。
予期せぬ使用人の抵抗に手こずっていると、中庭に何人もの使用人が走り込んできた。
「「大変です、国王陛下! アンチコメ様!」」
「こ、今度はなんだ!」
「まさか、薬草園が枯れているんじゃないざんすね!」
な、何を言うんだ、アンチコメ。
本当にそうだったらどうする。
「「王宮の薬草園が枯れ果てています!」」
気絶しそうになるのを必死に耐え、ワシらは猛スピードで王宮の横にある薬草園へ向かう。
そこにあったのは……貧相な雑草畑だった。
地面は干からび、薬草は萎れ、雑草だけが申し訳なさそうに生えている。
通常ならば近寄るだけでハーブの香りがするほど、豊かな薬草園だったのに。
「こんな……こんなことが……」
「信じられないざんす……」
ここで育てているのは、非常に貴重な薬草の数々だ。
テーヒョーカ王国の輸出品の中で、一番の利益を生み出している。
他国では採取できないので、これを目当てに諸国は友好条約を結んでいた。
薬草園で採れる素材が、我が国の平和を維持しているのだ。
「このままでは他国との貿易に支障が……! いえ、それどころか隣国との力関係にも影響が出てしまいます……!」
「そ、そんなことはわかっておる」
テーヒョーカ王国の周辺には好戦的な国が多い。
薬草が採れないと知られたらまずいぞ。
中には魔族と手を結ぼうとする国まであると聞いている……。
「「どういたしますか、王様、アンチコメ様!」」
「ええい、うるさい! 全ては貴様らのせいだ! 直ちにどうにかしろ! できなかった者は追放だ! ……いや、死罪だ! 処刑だ! 斬首刑だー!」
「そうざんす! アテクシたちは何の関係もないざんす!」
「「そんな無茶な……!」」
方々の使用人に怒鳴り散らすが、心の焦燥感は消えるどころかさらに大きくなっていくばかりだった。
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