06_双子の勇者

 ここはどこ……。


 カナタとコナタが異世界で躍動する中、ある病院のベッドで目を覚ました女性はカナ。カナは、カナタとコナタの母親だ。彼らを魔物から身を守った時、呪いをかけられてしまい眠らされていた。カナに呪いをかけたネツキが、クラネに消滅させられたことで、彼女にかけられた呪いも幸運なことに解けていた。


 カナタ、コナタ。あの子たちは大丈夫かしら。嫌な予感がする。


 カナは、息子たちのことが瞬時に頭をよぎる。自分が眠りについている間に、カナタとコナタが大変なことが起きていないかと不安な気持ちになった。彼女は、病院のベッドからさっと起き上がり、部屋の様子を見た。幸いにも、この病室には、自分以外の人物はいない。就寝の時間で、部屋は明かりは消されていた。


 誰もいない。ここなら、魔法が使える。


 誰も周囲にいないことを確認し安心すると、カナは目を閉じ全身にマナを集める。この世界では、異世界とは異なり、魔法を発動させるのに時間がかかる。


 魔法を使おうとすると、身体のマナが体外に分散してなかなか魔法が使えないような謎の制約があった。そのため、マナを体外に分散しないように、マナを体内に集め、留まらせる必要がある。


 カナは、マナをうまくコントロールし、身体に留まらせる。カナの身体は、マナが集まり、神秘的な光を放つ。その光で仄かに照らされる病室で、ゆっくりと呪文を唱え始めた。


 緑色の結晶よ。その在処を我に示せ。


 すると、カナの目の前に、光の幕のようなものが現れ、そこに異世界にいるカナタとコナタの姿が映し出される。


 カナタの様子がおかしい。強い呪いをかけられているみたい。今すぐ、この子たちのもとに向かわないと。


 映し出された光景から、カナタとコナタに大変なことが起こってしまっていることを察した彼女は居ても立っても居られなかった。


 だが、ここはカナタとコナタのいる世界とは別の世界だ。彼らのいる世界まで行かなければならないのだが、カナはその術を知っていた。


 ガタッと、病室の窓を開けると勢いよく夜風が室内に入り込み、カナの髪を靡かせる。


 ここから異世界の道をひらく。待ってて、カナタ、コナタ。

 

 窓から後退り助走する距離を取ると、まっすぐ窓の外に広がる夜空と街の方を見た。そして、彼女はその方向に向かって勢いよく駆け出して、窓から身を投げ出すと、夜空を飛んだ。病室のある場所は病院の6階で、そこから落ちれば普通は大怪我ではすまないはずだ。自殺行為とも受け取れる行為だが、もちろん彼女はそんなことを考えてはいない。


 下からビューと吹き付ける風を感じながら、何やら呪文を唱える。


 緑色の結晶よ。我を結晶のある場所へ誘え。


 呪文を唱え終わると同時に、カナの落下する先に、空間を引き裂いてできた穴のようなものが現れる。その穴にすっぽりとカナは落下し入り込む。空間を引き裂くような穴は、彼女を飲み込んだあと、何事もなかったように消滅する。

 

 ※※※

 

 一方、カナタは、クラネの支配の魔法になおも苛まれていた。


 くそ、頭の中が闇に貪れていく。自分が自分でなくなっていくみたいだ。  


 思考や感情が、真っ黒なマナによって貪れて、まともな思考ができなくなり、感情も欠落して行くのを彼自身自覚していた。真っ黒なマナは、徐々に溢れ出て、彼を茨のように彼を包み苦しめていく。


 一体、どうすればいいんだ。


 コナタは、カナタにかけられた支配の魔法を消し去るにはどうしたら良いのか分からなかった。ただ見ることしかできない状態に、歯をぐっと噛み締める。


「無駄だよ。君たちでは、その魔法を破れない」

 

 どこからか、冷酷な声がした。コナタはさっと振り返ると、そこには広場の隅から現れたクラネが立っていた。


「クラネ……」


 コナタは、彼を怒りの炎を宿した目で見つめる。普段、怒りを表さないコナタがここまで怒った様子を見せるのは、珍しかった。


「なかなか君たちもしぶといな。すぐに決着がつくと思ったが、私を楽しませてくれる。私は何よりも誰かの苦しんでいる姿を見るのが好きなんだ。やっぱり君たちを争わせて正解だったよ」


 クラネは、ニヤリと満足げな笑みを浮かべる。コナタは、その様子に胸糞悪い気持ちが胸に充満し、拳をぎゅっと握りしめる。


「ふざけるな!!何が誰かの苦しんでいる姿を見るのが見るのが好きだだ……自分のエゴを満たすために、僕たち兄弟を弄ぶな!!クラネ、お前だけは許しちゃおけない」


 コナタは、怒りのこもった叫びをクラネに浴びせかけるが、クラネはものともせず依然として平然とした様子で言った。


「なら、どうする?」


「お前を倒して、この呪いを解く」


「そうか……なら、お前たちはやはり魔法を破れない。お前たちでは、この私を倒せないのだから」


「それはどうかな」

 

 コナタは、クラネと話している間、足元にマナを集中させていた。クラネが隙を見せたと同時に、思いっきり地面を蹴って一気に彼のところまで距離を詰める。クラネは、コナタが近づいても、何か新たな挙動を見せない。急に詰め寄られ反応できないでいるのかただ突っ立っている。


 よし、今だ。ここで、一気に決着をつける。


 コナタは、詰め追って勢いのまま飛び上がるとマナを宿した杖を構え、クラネの顔面に向かって振り下ろした。が、その瞬間、まるで身体が宙に固定されたように、全く動かなくなった。コナタは、視線を下に向けると、お腹の周りにに光の輪っかがついている。どうやら、この光の輪っかのせいで、動きがとれないらしい。


「言っただろう。君じゃ、私を倒せない。悪い大人の言う事は聞くべきだ。私を敵意を持って攻撃しようとすれば、自動で光の拘束魔法が発動するようにプログラムしてある」


 クラネは、身動きを取れなくなったコナタの耳元でつぶやく。


「これで、僕を止めたつもりか……」


 コナタは諦めてはいない。相変わらず闘志を燃やし続けている。


「なに……」


 コナタは、体内に眠る膨大なマナを解放し、力ずくで身体を動かそうとする。コナタを拘束する光の輪っかは、ギシギシと軋んだ音を立てると、ピキッとひび割れる。


「これで終わりだ!!!」


 コナタの叫びとともに、光の輪っかは粉々に砕け散り、身動きを取れるようになった。コナタは、再びマナを纏った杖を勢いよくクラネの顔面に振り下ろした。


「素晴らしい!!!」


 クラネは、目をかっぴらいてほくそ笑んだ。その直後、マナで強度を増したコナタの杖が見事にクラネの顔面に、直撃した。


 やった。命中した。


「何を、そんなに喜んでいるのかな」


 コナタが杖をぶつけ安心したのもつかの間、平然としたクラネの顔が視界に飛び込んできた。


 どうして、確実に杖はクラネの顔面に直撃したのに。


 コナタはそっと、嫌な予感がしてクラネにぶつけた杖の先を見た。


 杖の先が、砕けてなくなってる……。マナに強度を増したはずなのに、杖の強度の方が劣っていたって言うのか。


 光よ。聖なる力を以て眼前の敵を拘束せよ。


 クラネはすかさず、光の拘束魔法を使用し、コナタの動きを再度、身動きを封じると、宙に浮かせた。


 コナタは、先程と同じように、拘束を解こうとするが、うまく行かない。それどころか、体内のマナが、光の輪っかにものすごい勢いで吸い取られている。光の輪っかの位置は、お腹の周りではなく今度は、首の周りだ。先程の魔法よりもワンランクか上の拘束魔法をかけられていた。


 クラネは、宙に浮いたコナタを眺めながら話し始める。


「さすがだ。私に、一撃を加えるとは。まさにかつて魔物の王から村を救った双子の勇者のようだ」


「双子の勇者だって……」


「双子の勇者は、魔物の王を封じるためその命を犠牲にして、自らの体内に魔物の王を封じたんだ。弟は、魔物の王を封じたボックスを、兄は、ボックスを開けるための鍵を体内に宿し命を失った」


「ボックスと鍵……」


「私は魔物の王を復活させるため、双子の勇者の死体を探した。そして、やっと私は彼らの死体を見つけた。だが、彼らの死体には、すでにボックスはおろか鍵すらも見つからなかった」


「……」


「私は研究の末、ボックスと鍵は双子の勇者の魂とともに、別の世界へと移ってしまっていることに気づいた。その時は、絶望したよ。追い求めていたものが、そこにはなかったんだからね」


「なんでそんな話を今、僕にするんだ」


「どうやら、状況が分かってないらしい。双子の勇者は、転生つまり生まれ変わり、今も別の姿をして生きているってことだ。そして、今、この瞬間、私はその双子の勇者の生まれ変わりと運命的な出会いを果たしている」


「何を言ってるんだ。まるで僕たち兄弟が、その双子の勇者の生まれ変わりって言っているように聞こえる」


 クラネの思いがけない言葉に、コナタは頭がついて行けていなかった。


「そう言ってるんだよ。コナタ。いや、双子の勇者の弟コタ。ずっと、私はお前たちを探し求めていた」


 僕たちが双子の勇者の生まれ変わり。


 なんだよ、それ。


 それにコタって、確かお母さんに読んでもらった絵本の勇者の名前じゃないか……。 

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