04_運命の時

 遠く離れた場所にいたドラゴンの群れは、コナタのところまで徐々に迫って来ていた。ドラゴンの口から放たれた火球が村の建物を次々と破壊し、激しく燃え上がる。その度に真っ黒な曇天の空は不気味に赤く照らされる。


 ハァハァと息を切らしながら、コナタはただ前へ前へとがむしゃらにレンガ造りの建物の間を駆けていた。


 コナタ……。


 名前を呼ぶカナタの顔がふと脳裏に過り、胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちに襲われ歯を強く噛みしめる。


 お兄ちゃん。


 コナタは地面に躓き力なく転んでしまう。転んだ拍子に、膝の辺りに擦り傷ができてしまったが、そんなことは全く気にもとめず呟いた。


「苦しい時、悲しい時、躓いた時、お兄ちゃんは気づけば、側にいてくれて僕に手を差し伸べてくれた。だけど、今はもうお兄ちゃんはいない」


 コナタは両手を地面について上半身を起こすと、片膝を上げて思いっきり足にぐっと力を入れた。

 

「これからは一人で生き抜いて行かなければならない。お兄ちゃんに託されたんだ。悲しみに沈んでいる暇なんかない。一人でもお母さんの゙呪いを解いてみせる」

 

 兄カナタを失ってしまってもなお、コナタの目から光は失われてはいなかった。固い決意を宿した目をまっすぐ前に向け、カナタを失った悲しみを背負いながらも、再び駆け出した。


 コナタは、しばらく走ると開けた空間にたどり着き立ち止まった。広場になっており、中央には古くから存在しているであろう石碑が立っている。石碑の上には、二つの剣と杖が交差しながら刺さっているオブジェが目についた。


 なんだろう。あの石碑。あの剣と杖、どこかで見たことがあるような……。


 コナタは、石碑に刺さる剣と杖のオブジェに不思議と興味を引かれた。どこかで見覚えのある剣を見て、彼の頭に痛みが走り、なぜか母親に絵本を読んでもらった時の記憶が、ちらつく。


「むかし、むかしあるところに、二人の子供が、いました。ある時、二人の子供は、森に迷ってしまいました。森の中で洞窟を見つけ、洞窟の中に入っていきます。その先は、今まで見たこともない異世界に繋がっていました……」


 絵本を読む母親の優しい声が頭に響く。


 どうして、突然、母親に読んでもらった絵本のことを今思い出すんだ。


 コナタは、突如、思い出される記憶の断片に戸惑いを感じながら、茫然と石碑の上の剣と杖のオブジェを眺めていると、地面に巨大な影が蠢く。


 巨大な何かが滑空している。この影はまさか!?


 慌てて滑空する何かを確認しようとしたところ、翼を羽ばたかせながら、それはコナタの前に勢いよく降り立った。凄まじい突風が吹き抜け、コナタは危うく飛ばされそうになる。


 目の前に現れた巨体に思わず、声が漏れる。


「やっぱりドラゴンだ……なんて大きさなんだ!?」

 

 曇天の空から降り立ったのは、白銀のドラゴンだった。鋼鉄のような銀色の鱗が全身に張り付いており、背中にはコナタの視界に収まりきらないくらいの巨大な翼が生えている。


 ドラゴンはコナタの方をギロリと睨みつけると、耳をつんざくような凄まじい咆哮を周囲に響き渡らせる。あまりの迫力に、コナタは気圧され後退る。手は小刻みに震え、小便を漏らしそうになる。


 このドラゴンは僕を狙っている。どうする。お兄ちゃんが僕に託してくれたんだ。こんなところで終わる訳にはいかない。


 コナタが頭をフル回転させて対処法を考える間も、ドラゴンは黙って突っ立っていてはくれない。コナタを食そうと大きな口をガパッと開け、無数の歯を覗かせると、地面をガタガタと揺らしながらものすごい勢いで彼に迫ってきた。


 ドラゴンが迫ってきた。やばい……。


 気づいた時には、コナタの身体のすぐ間横に、ドラゴンの歯があり、このままでは後数秒で噛み砕かれてしまう。どうやらドラゴンは首をひねらせ、頭を横にしてコナタの肉体にかぶりつこうとしているようだ。


 生きるか死ぬかの瀬戸際、コナタは全身からマナがとめどなく溢れ出ていることに気づいた。生温かいマナが、液体の流れのように彼の全身を流動している。その感覚に、不意になんとも言えない懐かしさを感じる。


 遠い昔。はっきりとは思い出せないけれど、僕は、この力を使ったことがある……。そうだ、この力はマナ。想像を創造する力。


 コナタは、ドラゴンに噛みつかれる直前、咄嗟に彼の中に眠る膨大なマナを一気に解き放つと同時に思わず目を閉じてしまうほどの神々しい光が瞬時に辺りを照らした。


 強烈な光に包まれながらも、ドラゴンはそこにいるであろうコナタを強靭な歯で噛み砕こうと思いっきり、口を閉じた。


 その瞬間、ガキンという音が鳴り響きドラゴンの強靭な歯が欠けて地面に何本か落ちる。


「グガガガガガガガガガガ(痛い、痛すぎる)!!!!」


 ドラゴンは、自分の歯が欠けて思わず悲痛の叫びを上げると、後退った。


「やった。うまくいった。マナで、身を守れる」


 コナタは、全身を見てドラゴンによる傷がないことを確認し安心する。


 彼はドラゴンに攻撃される直前、膨大なマナを全身に鎧のように纏わせていた。膨大なマナで覆われた彼の身体は、ドラゴンの強靭な歯を以てしても噛み砕くことは出来なかった。


 コナタは、まっすぐドラゴンを見た。


「さて、どうしようかな」


「グガガ(ゲゲゲ)」


 完全に立場が逆転したドラゴンは、腑抜けた声を出す。コナタは、ドラゴンを対抗するため創造魔法を使い当たり前のように杖を作り出し構えた。


 その様子を見て、ドラゴンは怖気づいたのか背中の両翼を勢いよく羽ばたかせて地面から足を離すと、この場から逃げ出そうとする。


 あのドラゴン、怯えた顔をしている。


 コナタは、作り出した杖でドラゴンにとどめを刺すのを躊躇していると、真上から一本の剣が降ってきて容赦なくドラゴンの身体を穿つ。


 真上から降ってきた一本の剣に、生命を一瞬で断ち切られたドラゴンの巨体は、地面にバタンと落下した。その衝撃で辺りに砂埃が舞う。


 コナタは、砂埃の中、ドラゴンの巨体から剣を抜く何者かの影を確認する。砂埃の中の人物が、剣を抜いた瞬間、ドラゴンの身体が灰となって消えていく。


 誰だ……。


 緊張が走る。もしかしたら、ドラゴンを倒した人物は敵かもしれない。ドラゴンを瞬殺するほどの人物だ。相当な実力者であることは確かだ。


 真夜中の不穏な風が、広場に吹き荒れる。風に乗って砂埃が消えていく。


 視界が晴れて、曇り空から僅かに顔を出した月光がドラゴンを倒した人物を仄かに照らす。


「お兄ちゃん……お兄ちゃんだ」


 コナタは、嬉しさのあまり笑みがこぼれて、目を潤わせる。それも無理もなかった。目線の先に立っていたのは、失ったと思っていた兄カナタだったからだ。


 もう二度と会えないと思っていた。でも……会えたんだ。お兄ちゃんに。


 コナタは、急いでカナタのもとへ駆け出して近づくと声をかけた。


「お兄ちゃん、生きていたんだね。よかっ………」


 声をかけた瞬間、ポタポタと血液が地面に滴り、真っ赤に染める。コナタは、身体に強烈な痛みが走りよろめく。


 なんだ、何が起こった。


 最初、何が起きたのか分からなかったが、カナタが片手で持っている血に染まった剣を見て察した。


「どうして……お兄ちゃん」


 コナタが悲しげの表情を浮かべ顔を上げると、瞳を赤く輝かせたカナタが無表情に彼を見つめていた。

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