07_目覚め

 コナタから、堰を切ったかのようにマナが溢れ出ている。ならば、私のマナで堰き止めてしまえばいい。


 タナは、両手にマナを集中させ悪夢にうなされているコナタに向けて注いだ。タナのマナは、あっという間にコナタの全身を覆い、優しく包み込む。これでコナタのマナの放出を防ぐことができる。そう思ったのだが、簡単には行かなかった。


「止まらない。勢いが強すぎるのか……」


 濁流の如く流れ出るマナはタナのマナに覆われてもなお、とどまることを知らない。


 タナは、負けずとコナタを覆うマナの量を増やし対抗するが、ものともせず焼け石に水の状態だ。


「駄目だ。マナで覆うには、この子のマナは強大過ぎる。別の方向でこの子を救える方法を考えなくては……」


 タナは、コナタを救う方法が他にないか思索する。コナタの並外れたマナの放出に、彼女は自ずと視野が狭くなってしまっていた。深呼吸をして、心を落ち着かせると、何か見落としている点がないか、過去に遡り一つずつ考えてみることにした。


 そもそも、何が原因でこの子のマナは暴走したんだ。


 爆発音が外から聞こえた直後、コナタが悪夢にうなされマナを放出し始めた。


 だとしたら、爆発音がトリガーになっていると考えるのが自然だが……。


 爆発音だけでこれほどまでにうなされ、マナの制御が効かなくなるまで行くだろうか。それに、隣で寝ているもう一人の子どもは、爆発音を聞いても悪夢にうなされることなく眠っている。


 もしかしたら、思い違いをしていたのかもしれない。爆発とは別の原因があるのだとすれば……。


 タナは考えを色々と巡らせた末、一つの言葉がパッと浮かびあがった。


 精神魔法。


 そうだ。この子は、精神魔法による攻撃を受けている可能性がある。


 だとすれば……精神魔法を行使するための何だかの媒体が存在するはず。


 タナは、コナタが悪夢にうなされ始めた時のことを思い返し、精神魔法を受けている可能性を見出した。なおもマナを放出し続けながら悪夢にうなされるコナタを注意深く観察してみる。


 すると、コナタの左腕の辺りに小さなハエのような虫が、止まっており、口先を彼の身体にグサッと射し込んでいる。虫に刺されている箇所は、ほんのりと赤く膨れ上がっている。


 この虫が、原因か。


 何者かが小さなハエのような虫を経由して、コナタに悪夢を見せていることにタナは気づいた。


 その直後、コナタの身体を刺す虫はタナの僅かな視線から危険を感じ取り、口先を即座に引き抜くと背中に生える両羽を羽ばたかせさっと飛び立つ。


 逃す訳にはいかない。


 精神魔法の媒体となっているこの虫を倒せば、コナタは悪夢から解放される。どこかに行ってしまう前に、始末しなければならない。虫がコナタの身体から離れた瞬間、タナは心の中で呪文を唱える。


 すべてを切り裂く大剣よ。


 その刀身を、我が眼前に現せ。


 呪文を唱え終わると、神々しい光とともに大剣がタナの目の前に、現れる。彼女はその大剣を咄嗟に掴むと、その切っ先を飛び交う虫目掛けて思いっきり振った。


 タナは、大剣の剣士。彼女の類まれなる反射神経と腕力で振り下ろす大剣の一撃は、その重量感のある刀身であらゆるものを瞬時に切り裂き、断ち切る。


 宙を滑空する虫に向けられた剣撃が、空を裂きながら進むと、虫の身体をいともたやすくスパッと切り裂いた。身体を二分された虫は、両目をぐるぐると回転させると、何が起こったのか分からないまま、光の粒子となって消えていく。


「光の粒子となって消えた。虫は魔法によって、作られたものだった。一体、誰の魔法だ。おそらく、この子が解呪の魔法使いの子どもと知る者だろう。きっと近くにいるはず……」


 タナは目をつむり、さっと周りに意識を集中させる。身体に流れるマナを広範囲に解き放ち、ソナーのように敵の気配を探す。


 タナは敵の気配を感じパッと目を開けると、叫んだ。


「上だ!」


 タナが叫んだ直後。天井が激しく崩壊し、黒いコートを来た大柄の男が、カナタとコナタの眠るベッドの上に着地する。


「解呪の子ども、殺す」


 そう言うと、突然現れた男は、タナを横目に片手に持っていた短剣をコナタの方に向けて、容赦なく振り下ろす。


 姿を現してからの所作に全くの無駄な動きがない。洗練された動きだ。それは、男がかなりの実力者であることを意味していた。


 タナは、急いで止めに入ろうとするが、間に合いそうにない。このままだと確実に男の振り下ろす短剣は、コナタの心臓を貫いてしまう。


 だが予想に反し男の短剣を振り下ろす腕は、コナタの心臓に達する前に止まり、そればかりか小刻みに震えている。


 男は短剣を握りしめる腕を見ると、誰かの手が彼の腕を力強く握りしめ動きを止めていた。男の腕を握る人物は、彼に向かって叫んだ。


「何してる。俺の弟を傷つけるな」


 男の視界に映った人物。それは、カナタ。目を覚ましたコナタの兄だ。

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