04_人類の希望

 静寂に包まれた夜道で、ユウと老婆は外灯に仄かに照らされながら共に向かい合う。


 そんな中、先に静寂を破ったのは老婆の方だった。ニヤリと悪魔のようなほほ笑みを浮かべた老婆は、両手の爪をより鋭く尖らせる。その鋭利な爪の先端をユウの心臓に向かって勢いよく直進させた。


 まずは一人目。


 邪魔者は一人ずつ排除していく。


 そして、解呪の魔法使いの子供を始末する!


 老婆はユウの不意をついたのだが、思惑通りには行かなかった。ユウは、老婆が攻撃を放つと同時に、軽い身のこなしで、鋭利な爪を紙一重のところで回避する。それから、間髪入れずに老婆の後ろに瞬時に回り込む。


 ユウは、回り込んだ時の身体の回転を利用し腰にある剣をさっと片手で抜き、その切っ先を老婆の喉元へと添える。切っ先を喉元に近づけられた老婆は、蛇に睨まれた蛙のように身体を硬直させピタッと動きを止める。自ずと老婆の額から冷や汗が流れ出る。


 早い。後ろを取られた……。


 老婆は、ユウのコンマ零何秒の早業に驚きの感情を抱くとともに、戸惑いを感じていた。なんともいえない張り詰めた時間が二人の間に流れる。ほんの数秒の時間が二人にはとても長く感じられた。


「お前は、誰だ?何が目的でここに来た?」


 静寂に包まれた空間にユウの声が響く。老婆は鋭く細い目を横にやり、ユウの方を睨む。


「……」


 ユウの問いかけに、老婆は答えようとはせず黙っている。老婆は沈黙を貫くが、ユウは構わず話を続ける。


「お前、その爪。魔物か。人の姿をすることで、村の結界の中に入り込んだみたいだな。何が目的だ?」


 ユウは、老婆の爪に視線を向けた。爪は、まるで獣の爪のように鋭く尖っている。到底、人間の爪には見えない。目の前にいる老婆が人間ならざるもの、つまり、魔物であることは火を見るより明らかだ。


 二度目の問いかけにようやく老婆は、口を開き話し始めた。


「私は、ネツキ。貴様の言うように魔物だ。結界の中でなければ、貴様などいとも容易く捻り潰せるというのに……」


 ネツキは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。自分の実力を十分に発揮できず、このような追い詰められていることが、とてつもなく腹立たしく悔しく感じていた。 


 イチノ村のシンボルである時計台には、緑色に輝く解呪の巨石が存在している。魔法使いが、年に数回、巨石にマナを送り込むことで、村の周りに対魔物用の結界が張っている。


 そのおかげで、魔物は村に侵入できない。魔物が結界に触れれば、一瞬に灰となり消し飛んでしまう。魔物にとっては恐ろしいことこの上ない結界なのだ。


 だが、ネツキは、人間の姿をし、魔物の魔力である瘴気を極限まで抑え込むことで結界を巧みにすり抜けていた。その代わり、結界内では魔法は使えない。使おうとしても、瘴気が体外に出た瞬間、浄化されてしまう。


「まさか、結界の中に入ってくる魔物がいるとはな。それはそうと、お前、あの子どもたちと何か関係があるのか?俺というよりかは、子どもたちに殺意を向けていたように感じた」

 

 思わずネツキは、ピクリと反応する。どうやら、図星のようだ。冷徹で狡猾な性格を有する彼だが、意外と、ボロを出す。


 ユウは、反応を見てネツキがカナタとコナタの二人を狙っていることを確信した。


「教えろ。なぜ、お前があの子たちを狙っているのか?」


 ネツキの目的を聞き出すため、ユウは剣の切っ先をさらにネツキの首元に近づける。ネツキは、歪んだ顔を見せる。


「あの小僧たちは、解呪の魔法使いの子供だ……」


 苦し紛れに言い放ったネツキの言葉に、ユウは耳を疑った。


 ユウは、頭の中で考えを巡らせる。

 

 解呪の魔法使いは、魔物たちによって滅ぼされたはず。 


 だが、あの子供たちが、本当に解呪の魔法使いの子供なのだとしたら……。


 人類の希望になりうるかもしれない。

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