06_運命の出会い

 カナタは瞳を閉じると、弟との思い出が走馬灯のように次々と蘇り、自ずと頬の力が緩む。


「お兄ちゃん、ボール遊びしようよ」 


 元気のいいコナタの声がした。


「おう、いいな」 


 カナタは乗り気な様子を見せる。二人は家の外にある近くの空き地で、よく一緒にボール遊びをしていた。ただ、お互いに投げたボールをキャッチするだけの遊びだったけれど、弟と一緒に遊ぶと、そんな単純な遊びでも不思議なことに楽しく感じられた。


「あっ、やば!?変なところに投げてしまった」


「お兄ちゃん、お隣さんのところだよ。じゃんけんしよう」


「じゃんけんが負けたほうがボールを取りに行くってことか。いいぜ、臨むところだ!コナタ」


「それじゃあ、行くよ!じゃんけん、ぽん」


 カナタは、じゃんけんが弱かった。いつも、コナタに負けて、カナタがお隣さんに頭を下げてボールを取りに行っていた。だけど、それはそれで彼は楽しかった。


「お兄ちゃん、秘密基地を作ろう」


「秘密基地か、面白そうだな」


 近くの山に登ってひと目のつかない場所に、周りの枝などを集めてきて、秘密基地を作った。自分たちだけの秘密の遊び場ができたようで、二人とも自ずと心が躍った。秘密基地からは自分たちの住む街の風景を一望することができた。その街の光景が、何より最高だった。


 弟との様々な出来事が止め処なく溢れ出てくる。


 色んなことがあったな。


 ほんとに……たくさん、数えきれないくらい。


 ……。


 俺が死ねば、弟はおそらく、魔物に食われてしまうだろう。


 それでいいのか、俺は。


 良い訳がない。


 駄目かもしれないけれど、最後まで足掻きたい。


 カナタは、激しく燃え滾る闘志を宿し、目を開く。目を開いた先では、大きな口を開け、木の魔物がカナタを口の中に運ぼうとしているところだった。


 彼は、自分の身体を持ち上げている根っこをぎゅっと両手で掴んだ。


「うああああああああああああ!!!」


 マナを両手に宿らせると、叫び声を上げながら渾身の力で根っこをへし折る。持ち上げられていたカナタの身体が、雨に打たれべちょべちょになった地面にぽちゃりと落下する。


 突然の馬鹿力で、根っこを折られた木の魔物は、呆気にとられ、びしっと動きを止めた。


 地面に落ちた木の棒を再び手に持つと、カナタはすかさず、木の魔物に向かって木の棒を勢いよく振った。


 カナタの木の棒は、魔物の本体に見事に直撃する。


 ポキッ。


 木の棒が折れる音が虚しく響いた。やっとの思いで、繰り出したカナタの攻撃は、確かに木の魔物に命中していた。


 だが、木の棒には、もうマナの光は宿っていなかった。カナタのマナは、今までの攻防で使い果たしてしまっていたのだ。マナの宿らない、ただの木の棒では、木の魔物の硬い胴体を切り裂くことなどできなかった。


「そんな……」


 今度は、カナタが呆気にとられる。その隙をついて木の魔物は根っこを咄嗟に操り、彼の脇腹の辺りを攻撃した。


 脇腹に強烈な一撃を受けたカナタは、数メートル先まで飛ばされる。飛ばされたカナタの身体を雨でやわらかくなった地面が、べっちょりと受け止めた。

  

 駄目だった。失敗した。


 カナタは、全力を使い尽くし、立ち上がろうとするが足に力が入らず、上半身からベチャッと倒れ込んでしまう。もう、木の魔物に対抗する術が完全になくなってしまった。


 木の魔物が蠢く音がしてさっと視線を移す。


 木の魔物は、先程の攻撃を受けて、カナタを警戒したのか、コナタの方から先に食らおうとする。


「やめろ、やめてくれ……」


 カナタは手でべちょべちょの地面を必死に這いずりながら、進もうとするが、力がうまく入らず、少しずつしか進めない。


 大空を覆う黒雲はゴロゴロと音を立てて、カナタにさらに激しい雨を容赦なく浴びせかける。


 木の魔物は、根っこに包まれ意識を失っているコナタと正対し、大きな口をがばっと開けた。


「やめろおおおおおおお!!!」


 カナタは、右手を魔物のほうにぐっと伸ばし悲痛の叫び声を響かせた。叫び声も虚しく、木の魔物は無慈悲にコナタをパクリと丸呑みした。


 目の前で弟が丸呑みされたのを見て、カナタは頭がぱっと真っ白になる。虚ろになった目から、自ずと涙が零れ出て、降り注ぐ雨と入り交じると、地面に流れ落ちる。


 コナタ……。


 お母さん……。


 お父さん……。


 みんな、いなくなっていく。


 残るは俺だけだ。


 木の魔物は、魂が抜けたようになったカナタの方をそっと振り向くと、ゆっくり近づいていく。カナタは、魔物が近づいて来ても逃げる気にもなれなかった。完全に心ここにあらずの状態で、ただ魔物が近づく様子を茫然と眺めている。


 今にもカナタが木の魔物に食べられそうになった瞬間。


 近くで、空を引き裂くような凄まじい雷鳴とともに、黒雲から稲妻が駆け抜けた。


 稲妻が走った場所を見ると、誰かが剣を天に掲げ、吹き荒ぶ風に外套を靡かせながら立っていた。嵐のような強風と豪雨の中、人物の顔はよく見えないが、パッと見た感じ、30代の男性というところだろうか。


 男の掲げる剣は、先程、激しい轟音とともに落ちた稲妻を纏っている。男は、稲妻を纏った剣を徐ろに両手で構えると、さっと軽やかに横に振った。切っ先からは、纏っていた稲妻が勢いよく放たれる。


 すると、ピカッと閃光が走り、一瞬、視界が真っ白に染まる。


 気づいた時には、目の前にいた木の魔物の胴体が激しく吹き飛んで消えてなくなっていた。吹き飛ぶ時の衝撃で大気が揺れる。凄まじい強風が押し寄せカナタは思わず両腕で顔を隠し防いだ。


「何が起こったんだ……一体」


 カナタには、あまりに一瞬の出来事で、何が起こったのか分からなかった。信じられないような光景を目の当たりにし、唖然としている。


 胴体を切り裂かれた木の魔物は、粉状になると、強風に乗ってあっという間に吹き飛んでいった。カナタは、木の魔物がいた場所を見て目を大きく見開いた。虚ろだった目に輝きが戻る。


「コナタ!」


 木の魔物に飲み込まれたコナタが、地面に倒れていた。相変わらず意識を失い、目を閉じている。慌てて、カナタはコナタの元へと向かうが、やはり力が入らず近づく余力すら残っていない。


「大丈夫か?立てるか?」


 男が、剣を肩に乗せて心配そうに、カナタに話しかける。男に話しかけられ、そっと顔を上げる。


「あなたは……」


 カナタは、男の顔を見て声を漏らす。

 

「俺か……俺は、ユウ。元勇者だ」


 ユウは、ニカッと微笑んでカナタに言った。


 なんだろう。この人とは、初めて会うはずなのに、初めて会った感じがしない。不思議と懐かしさを感じる。


 そうか、分かった。この人は、お父さんにどこか雰囲気が似ているんだ。


 ユウとカナタたちが、出会ったここは、再会の花園。かつて出会い別れた大切な人にもう一度、出会えるとされている場所。


 カナタたちは、まだここが再会の花園であることを知らない。

  

 ユウとの出会いがカナタたちのこれからの人生を大きく変えていくことになる。

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