首斬りの鬼

青梅薄荷

小刀/白鞘 一

小刀こづか白鞘しらさや


 2023年、4月も終盤に差し掛かった頃。昼間の羽田空港に、とある青年が降り立った。

 名前を花村誠一はなむらせいいちと言い、銀縁ぎんぶちのメガネを掛け、スーツを身に付けている。

 年齢は20歳、背丈は170㎝ほど。目に掛かる長さの黒髪を軽く上げ、センター分けと呼ばれる髪型にしている。

 特段、変わった点も見当たらない。

 顔つきは美形と言わずとも、俳優としてやっていけそうな具合だ。演技ができれば、助演者バイプレイヤーとして重宝ちょうほうされるであろう。



 所変わって、東京の新木場駅。ホームで電車を待つ青年がいた。

 名前を朝田栄治あさだえいじと言い、たくましく頑強がんきょうな体と鋭い眼光が、近寄りがたい雰囲気をただよわせている。

 年齢は17歳、背丈は185㎝ほど。目に掛かる長さの黒髪を後ろに流し、オールバックと呼ばれる髪型にしている。

 異様なのは、彼の手に白鞘の日本刀・・・・・・を握られているところだ。

 彼がブレザーの学生服・・・を着ているものだから、余計に異様である。



 この2人の共通点といえば、『二重で黒髪の日本人青年』という事くらいである。

 そんな彼らが出会うのは、3日後の事であった。





 春の末、初夏の気配を感じさせる湿気を含んだ空気が、夜の東京を包んでいる。

 有楽町に店を構える『Kanzashiかんざし』というカフェバーが、稼ぎ時にもかかわらず扉の鍵を締めていた。

 カーテンでさえぎられた窓からは、一切の光が漏れ出ていない。

 しかし、その中には計7人の男女が集まっていた。

 それぞれが離れた場所に座り、あるいは立って、黙ったまま何かを待っているようだ。


「まだ来ないのか? 最後の1人とやらは」


 30代前半の男が、沈黙を破った。

 その男は、苛立いらだった様子で太い腕を組んでいる。


「慌てず待ちなよ。竜崎さん」


 バーカウンターの奥に立つ40代を超えた肌の白い女が、竜崎と呼ばれた男をなだめた。

 この女の名前は、山本由美やまもとゆみと言う。Kanzashiのオーナーである。

 長い黒髪をアップに結い上げているが、そのツヤのおかげか実年齢より若く見える。


「まだ1分も過ぎてない。そうカッカするな」

「山本さんが淹れてくれたコーヒーでも飲んで、ゆっくり待ちましょうよ」


 他のメンバー・・・・さとされ、竜崎は引き下がった。だが、目つきは人を射殺さんばかりだ。


(どんなヤツか知らないが、シメてやる)


 竜崎は、未だ見ぬ待ち人を殴りつけると決めたらしい。


「お待ちかねの人が来たようだよ」


 山本由美が、裏口の方を見て言った。

 正面の入り口は閉ざされたままだが、勝手口が客人を招き入れたのだ。


「遅れて申し訳ありません」


 腰の低い態度で店内に入ってきたのは、銀縁のメガネを掛けた青年――花村誠一であった。


「やっと来たか」


 竜崎が誠一に詰め寄る。


「まだガキじゃねェか」


 誠一が着るスーツの襟を掴もうと、竜崎が素早く手を伸ばした。

 しかし……


「話を始めよう」


 という声に阻まれる。

 竜崎は舌打ちをして、手近にあったイスに座った。


「まずは、改めて全員の紹介を行いたい」


 先ほどの声の主である男――年齢は40代後半。中肉中背で、灰色のスーツを着ており、丁寧に白髪染めされた髪を七三分けにしている――が、店全体を見回しながら言う。


「私は、警察庁から来た諸川もろかわだ。形式上、このチームの仕切り役になる」


 手始めに、と諸川は自己紹介をした。

 続いて諸川は、


「そこに座るのが竜崎君。自衛官だ」


 と、竜崎のプロフィールを説明した。どうやら、1人ずつ順々に紹介していくつもりのようだ。


「補足すると、元陸自のレンジャーだ。よろしく」


 不満げに、竜崎が言った。

 陸上自衛隊のレンジャーとは、過酷を極める特別な訓練課程を経た者である。

 なるほど、どうりで竜崎の体は筋骨隆々きんこつりゅうりゅうとしている。いかにも強そう・・・なのだ。

 それに、迷彩柄の服にコンバットブーツという出で立ちなのも納得がいく。


「次に、正木まさき君。警視庁のSPだ」


 諸川が手で示したのは、紺色のスーツを着た20代半ばの青年であった。竜崎と比べると細身である。


「どうも〜」


 SP――セキュリティポリスは、要人警護を専門とする警察官を指す言葉。そうであるならば、正木は警察官という事になる。

 軽い調子で手を振った正木には、警察官らしい雰囲気は無い。どちらかといえば、軽薄そうである。


「そして、奥にいるのが三谷さんや君」


 次に名前を呼ばれたのは、30歳前後の肩幅の広い男だ。

 三谷は深くうなずくだけで、声を出しはしなかった。

 実は、Kanzashiに着いてからというもの、三谷は一言も口を開いていない。無口なのだ。


「彼はSAT隊員で、正木君とは面識がある」


 SATというと、警察の特殊部隊である。

 彼が黒いツナギを着て、足元に金属製の大きな盾を置いているのは、そのためらしい。

 竜崎・正木・山谷の3人は、いずれも短髪である。職業柄、機能性を考えた髪型にしているのだ。


「それから、彼女が上野君」


 名前を呼ばれた若いが、イスから立ち上がった。

 茶髪のショートカットがよく似合う、グラビア体型の女だ。


「そして、花村君」


 諸川は、上野の経歴を言わずして、誠一の名前を呼んだ。


「最後に、朝田君」


 これまた経歴が省かれた。


「いずれも、武装人だ」


 その理由は、3人が同じ職に就いているからであった。

 『特別認定武装私人』。民間人という扱いでありながらも、特別に武装を許可された者たちである。

 諸川は『武装人』と呼んだが、他にも『特武』と略される。


「やっぱりな」


 竜崎が再び口を開いた。

 そろそろハッキリしたが、この男、口数が多いのだ。周りの人間が辟易へきえきしてしまうほどに。


「ま、別にいいけどな。武装人だろうと何だろうと」


 いま竜崎も武装人と言ったが、諸川にならったのではない。

 警察官や自衛官、役人など、国に属する人間は武装人と呼ぶのが通例となっているのだ。


「実力は確かなんでしょう?」


 正木が、諸川に向かってく。

 彼だけでなく、三谷も諸川を見ていた。諸川の口からどのような評価が出るのか、気になっている様子である。


「私が声を掛けたのだから、実力は確かだ」

「信じられねぇな」


 竜崎が噛みつく。正木と三谷も、口には出さないが、もっと具体的な情報を欲していた。


「朝田君は高校生ながら、警察よりも早く、単独で銀行強盗を鎮圧した実績がある」


 そんな言外の要求を汲み取ったか、諸川がそう言った。

 全員の視線が、白鞘の刀を持った青年に集まる。

 朝田栄治――新木場駅のホームにいた、あの青年である。その時と違うのは、制服の上から黒緑色のコートを羽織はおっている事だ。


「そのガキはまだいい。高校生ってのは気に入らねぇが、体もデカくて、武装もしている」


 栄治は、仁王立ちのまま竜崎をじっと見ている。仄暗ほのぐらい照明の光で浮かぶ栄治の顔は、気難しさを思わせる仏頂面ぶっちょうづらである。

 ゆえに竜崎も多少の圧を感じたようであるが、それでもけなすあたり、この男も口が減らない。


「しかし、だ。他の2人は、ちっとも強そうじゃねぇ」


 竜崎が、上野と誠一を指差した。


「ちょっと、どういう事ですか?」


 不満たらたらという風に、上野が頬を膨らませた。

 可愛らしいが色気も感じさせる、ちょうどいい塩梅あんばいの仕草である。


「本当の事だろ」

「まあまあ、竜崎さん。女性でないと入れない場所もありますし、チームに1人は必要ですよ」


 軽い調子で、正木が割って入った。


「えーっと、上野……」

理央りおです」

「理央ちゃんね。あんまり気を悪くしないで、仲良くやってこうよ」


 上野理央が、渋々といった様子で首を振った。ついでに、竜崎にはそっぽを向いた。

 しかし、竜崎にも片目を開いてアイコンタクトを送り、内心は許している事を伝えている。

 自分の魅力を理解し、効果的に使う動きである。


「ああッ、クソッ、認めてやる。ソイツはな」


 そんな彼女にほだされたか、竜崎が言った。


「それでも、コイツはどうなんだよ?」


 竜崎は、その場にいる全員に問いかけた。

 苦笑いをしたのは正木であった。三谷も視線を外している。

 諸川は目を閉じ、栄治は仏頂面を崩さない。

 由美はコーヒー豆を挽き、理央はこてんと首を傾げていた。


「見るからに一般人だ。戦いの役には立ちそうもない」


 竜崎が、誠一を見る。


「お前、何ができる?」

「語学が得意なので、通訳を」

「はっ! 言うに事欠いて、通訳だと?」


 誠一の返答を鼻で笑い、竜崎は目つきを鋭くした。


「ナメてんじゃねぇぞ」

「そこまでだ。早速だが、君たちには働いてもらわねばならない」


 今にも誠一へ手を出しそうであった竜崎を、諸川が止める。仕切り役も苦労するものだ。


「表に車を停めてある。武装は準備できているね?」

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