■ 156 ■ たまにはほのぼのと未来の話でも Ⅲ






 午後になってルイセントとベティーズがそれぞれ護衛を連れて新領土を見学に来たので、私とダートでこれに対応する。


「思ったより広いんだね、まさかここまでとは」


 周囲を見回したルイセントがすっかり感心したような声を上げる。


「ベイスン室長曰く子爵領並の広さはあるそうですが、これまで川底だった土地です。今は草木一本の資源すらない環境ですから、全ては今後次第ですけどね」

「確かに。ここまで地面しかない土地というのもそうそうないものだね」


 そう、本当に何もない土地なので、ある意味開放感がすごいよね。

 ただそのだだっ広い向こうには血気盛んなワルトラントのレヒトハン州があるわけでね。リオロンゴに領土を削られた州牧りょうしゅは今頃怒髪天を衝いているだろう。


「フェリトリー男爵におかれましては、何卒彼らの支援を宜しくお願いします。何せこれでワルトラントの侵攻第一軍はダートらが受け持ってくれるのですから」

「は。ラリーからもジョイスはよく働くと報告を受けておりますし、フェリトリー領の改善に役立ってくれた以上、騎士――領主として返礼する心積もりに御座います」


 殿下が一緒にいるからちょっと言葉が固いけど、ベティーズも支援を約束してくれたのでよしよし、順調だね。


 幸いなことにフェリトリー領は農作物豊かな南部において、ワルトラントと国境を共にしなくなった男爵領になった。つまり外敵がほぼいない楽園になったのだ。

 ここから先は領地の大部分を農地に変えても何も問題はない。緩衝地帯が一切不要になったので、耕せば耕すだけ利益が出るのだ。


 無論、余るほど小麦を作っても誰が買うんだ、って話だけど、


「ルイセント殿下」

「なんだい? アンティマスク伯爵令嬢」


 私が表情を引き締めたから、これは重要な話だと踏んだのだろう。ルイセントもまた駒を私の元へと寄せてくる。


「難民の大部分がこちらに流れることにより、王都のスラムにかなり空きができます。今のうちに王家主導でダートと示し合わせの上、清掃と再整備を行なっておくことをお勧めします」

「それは勿論やれないこともないが……何のために?」


 そうだね。ルイセントにはまだピンとこないだろうけど、ここで王都に余剰スペースができるのは極めて重要なのだ。


「万が一、近い未来にアルヴィオスとディアブロスが戦争になった場合でも、スラムの再整備が終わっていれば北部侯爵家の農民職人を王都で受け入れることができます」

「……!」


 ルイセントがハッとしたように息を呑んだ。そう、私の中では二、三年後に戦争が起こるのは確実だけど、ルイセントの中では今後数十年の課題、ぐらいにしか考えてなかったろうしね。


「今の薄汚れたスラムでは、民の健康が危ぶまれます。しかし清掃と再整備を終え、かつ王都に残る獣人に家畜の世話をさせておけば、あとは獣人をこちらに追いやるだけで王都だけでも数十万の民を数ヶ月は受け入れる余裕ができます」

「……確かに。王都では食糧生産が最大の問題だが……予め少数の獣人に家畜の世話を任せておけばかなりの避難民を受け入れられる、か」


 そう納得したルイセントの顔が感心、というより憂い顔なのは、


「アンティマスク伯爵令嬢から見て、ディアブロス王国が攻め込んでくる可能性は極めて高かった、という手触りなんだね」


 一度お父様に聞かれている質問だ。あの時は相手がお父様だったから、不要な疑いを回避するために私は否と答えたけど。


「はっきりそうだ、という根拠を得たわけではありません。ですがディアブロスには穏健派の最高権力者であるデスモダスを排除せんという気運が高まっていました。それがどう転ぶかは――もう私にも分かりません」


 わからない。何がどう転んで戦争に繋がるのかが私には分からない。この先デスモダスがどうなるのか、も。

 あるいはゲームでデスモダスが出てこなかったのは、反デスモダス派にデスモダスが排除されたからなのか? それとも当初予想したようにすいを任されていたからか?


 分からない。だけど、


――あの魔王モドキの存在が、どうにも私の心の中に巣くって一向に消えてくれない。


 私とデスモダスを強襲してきた、己の意思があったのかも分からないあの魔王モドキ。

 結局あれの正体は何だったのか、今となってはもう手掛かりすらも掴めないけど。

 ただ間違いなくあれはデスモダスを殺すか、もしくはその実力を測るために誰かが意図的にあの場に送り込んでいたはずだ。


 こんな開戦数年前という段階で魔王ニクスが影も形もないとか。一体なにが開戦理由になるのかも私には分からない。

 最も真っ当な、魔王国の縁に喫水線が近づいていることが開戦の理由なのか? 分からないことばかりだけど、


「人はあまりに愚かです。ただの権力欲だけで何万、何十万という人が死ぬような戦争を始められる、くだらない生き物です。故なくしても戦争は起こるのです」


 前世のどっかの露国然り、私のお父様然り。

 本当に大義名分など一切不要な、権力欲だけで人は簡単に戦争を起こす。


「然るに私としては可能な限りの準備を、と愚考する次第です、殿下」


 であれば打てる手は全て打っておくべきだ。


「この夏にディアブロス王国は北方四侯爵家を攻め、我々の国民を攫っていきました。モン・サン・ブランにも魔族がいました。もう『北の脅威は現実として在る』んです」


 そして実際に、ルイセントもまたモン・サン・ブランで魔族と実際に干戈を交えている。

 それでもなお魔王国の侵攻に備える必要はないと、そんなふうに考えることはできないはずだ。


「……アンティマスク伯爵令嬢の言う通りだね。確かに既に『北の脅威は在る』。王家がこれに備えなくてよい理由など何もない」


 だからルイセントが頷いてくれてホッとしている。流石にこいつはメインヒーローだけあって怠惰でも愚かでもないよ。ちゃんと優秀だ。


「そして何より北の脅威がある以上、私たちは何としても二正面作戦だけは回避する必要があります」

「北のディアブロスと、南のワルトラント。両方から同時に攻められるのを防がねばならない、ということだね」

「左様に御座います」


 そして実際、今現在は『南の脅威もある』状態だ。

 リオロンゴがレヒトハン州の土地を削ったおかげで、レヒトハンの州牧は失われた分の国土を取り戻さんと怒りに燃えているはずだ。

 つまり、新領地に攻めてくる可能性は極めて高い、ということである。


 そしてもしここが落とされるような事になれば、ここはワルトラントがアルヴィオスを削る為の橋頭堡になってしまう。

 一度奪われたら、陸上でのワルトラント正規兵の強靱さは語るまでもない。奪還は容易ではないぞ。


「ですので先ずはレヒトハン州の州牧に、可及的速やかに新領土を攻めて貰うべきかと」


 そう提案すると、ルイセントとベティーズが「何言ってんの?」と言わんばかりに目を瞬き始める。別に私、間違ったことは言ってないぞ。






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