第30話 究極の交換条件
色々あって、変態で頭のおかしい危険人物だと判明した牛見だが、同じ高校に通っていて、隣の席に座っている以上、そう遠くない内にまた顔を合わせる時が来る。
その時、俺はどう対応すればいいんだろうかと考えていた。何事もなかったかのように挨拶でもしてやればいいのか、それとも全力で警戒して距離を取るか、あるいは無視するか。
牛見にはリセット現象について話を聞かなくてはならないので、接触を完全に断つという選択肢はないにせよ、何食わぬ顔で仲良くやっていける気もしない。
どうやったら安全を確保しつつ、欲しい情報を引き出せるか────と悩んでいたところだというのに。
「……お前、こんなとこで何やってんの?」
「何って? 買い物だけど」
牛見はそんな当たり前なことを聞くなと言わんばかりに、あっけらかんとして答える。
「私はのりしおが一番好きなんだけど、歯とか手につきやすいのが難点でさ。乙女としてはそういうのNGなわけだし。そうなると総合的にはうすしおに軍配が上がるかなって感じなんだよね」
「知らねぇよそんなの⁉」
本来ならこの場面、もっと刺激的というか、危機的というか、緊張感のあるBGMなんかがかかっても良さそうなのに、牛見ときたらポテチに向き合うばかりで俺の方なんて見てもいない。
昼間起こった出来事を全て忘れているんじゃないかと思うぐらい、日常のワンシーンみたいな登場の仕方だった。
「偶然……じゃないよな? まさか、尾行してたとか?」
「おや、大正解。勘が良いね。君が私の家を出て、委員長の家に向かい、その後墓場に寄って、うちから持ち出した式神札で幽霊を召喚し、自宅に連れ込んだところまで見てたよ」
「全部見てんじゃん⁉」
嘘だろ……全然気が付かなかった。なんか最近、俺のことストーキングしてるやつ多すぎないか? 何から何まで全部見られてやがる。
「お前、まさか、また俺を誘拐するつもりか?」
「しないしない。あの手じゃ上手くいかないってことは学習したから。あの委員長に真正面から喧嘩を売る気にもなれないし、しばらくは大人しくするつもりだよ」
「……お前でも真殿は怖いんだな」
「当たり前じゃん。あんな完璧超人、極力関わりたくないよ。あ、でも、君のことを諦めたわけじゃないからね」
牛見は初めて視線をこっちに向け、薄っすらと微笑んだ。その仕草はとても魅力的で、心に波風が立つような感覚がした。
本当に、容姿だけなら文句の一つもつけようがないんだけどなぁ……どうして俺の周りの女子は性格に難アリなやつばかりなのか。
「……で、何の用なんだよ」
間違ってもこいつに惚れるようなことがあってはいけない。俺は彼女から視線を逸らして、わざと不機嫌そうに問いかけた。
「用がなきゃ話しかけちゃ駄目なの?」
「駄目ってことはないけど……しばらく大人しくするんだろ? 俺としては永遠に大人しくしていてほしいけど」
「それは無理」
牛見は俺の正面に回り込み、大袈裟に首を横に振る。
「君に聞きたいことがあってね。ズバリ、あの幽霊について」
やはりそこを見過ごしてはくれないのか。俺があの札を勝手に持ち出して、マキを復活させたことを知っているのなら、当然そこは追及してくるだろう。
札を持ち出したことはともかくとしても、幽霊を復活させたことについては、いかにも業界のタブーという感じがするし、なんらかの罰則を受けてもおかしくない。
「彼女は君の知り合い? 昔の友達……とかかな? とても大切な人だったのかもしれないけれど、彼女は死人だ。蘇らせることなんてできないよ?」
「それは……わかってる」
「本当に?」
圧迫してくるような牛見の質問に、俺は小さく頷いて返す。
マキの死は悲しかったが、受け入れられなかったわけじゃない。マキは昔からずっと自分の死について触れていたし、そのおかげで俺も心の準備はできていた。それを今さら蘇らせようなんて、そんなことは微塵も考えていない。
「あいつには、ちょっとトラブルの解決を手伝ってもらってるだけだ。それが終われば、元の場所に帰ってもらう」
「そんなの信じられない……と言いたいところだけど、愛する男の言葉だし、信じてあげようかな。一途に君を想い続けて、無条件で信頼を寄せるなんて、まさにメインヒロインって感じするしね」
「お前のどこがメインヒロインなんだ? 完全にイロモノ枠……」
牛見が素早く俺の口を手で抑え、にっこりと口角を持ち上げる。続きを喋ったら殺すぞ、と言ってもいないのに聞こえてきた。
「仕方ないから、組合には私から話を通してあげるよ。その代わり、私に詳しい事情を教えること。そのちょっとしたトラブルとやらにも興味があるし」
「ああ、事情……か」
それについては、むしろこっちから話そうかと思っていたところだ。牛見とここで遭遇するのは想定外だったが、結果オーライと言ってもいいかもしれない。
「わかった。話すよ。ただ、条件を追加するようで悪いんだけど、お前には色々聞きたいことがあるんだ。相談に乗ってくれないか?」
「へぇ、ふむふむ。聞きたいこと? 相談? ひょっとして、私、今、君に頼りにされてる?」
「まあ……大変不本意ながら」
認めたくないが、実際頼りにしているのだから仕方ない。幽霊関係の現象に詳しそうな人の心当たりなんて、牛見以外いないんだ。
「じゃあ、君が条件を追加してきたから、私も条件付きでそれに応じよう」
「……その、条件とは?」
「一日、私とデートしてもらう。それが呑めるなら、君の相談に乗ってもいいよ」
牛見は勝ち誇った顔で、切り札でも切るみたいに、究極の交換条件を突き付けてきた。
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