第27話 気怠げな妹
長い黒髪に、真っ赤なカチューシャ。俺のお下がりであるサイズのデカいだるんだるんのTシャツに、すっぽり隠れてまるで履いてないように見えるホットパンツ。そして眠そうで、覇気のない顔つき。
紛れもなくうちの妹だ。てっきり家の中にいるとばかり思っていたのに、まさか外出していたなんて。
「いやぁ~どもども~時谷澪です。そこにいるうちの兄の妹です。うちの両親の娘でもあります。で、そこのあなたは一体誰の妹なんでしょう?」
澪はマキの視線に合わせて膝を折りつつ、やや警戒心を見せながら素性を探ってくる。
俺が患者服姿の見知らぬ少女を連れて家の前に立っていれば、当然一体誰なのかと疑問を持つだろう。まだ何も設定固まってないのに……クソ、間の悪いやつだな。
「ああ~えっと、この子はだな~」
「待って、お兄ちゃんは言わなくていい。あたしはこの子に聞いてるの」
俺がアドリブで取り繕おうとしているのを遮り、澪はまっすぐマキを見つめる。
彼女は常にマイペースで、掴みどころがなく、そのくせ異様に勘が鋭い。何も事情を知らないくせに、俺の嫌がることを的確に突いてくる節がある。
例えるなら、オセロのルールもちゃんとわかってないくせに、実際対戦してみるとしっかり一番嫌な手を打ってくるという感じだ。
これこそ、俺がマキを家族に紹介することを躊躇った最大の理由である。澪が相手だと、絶対にこっちの思い通りにいかないんだ。
「どこの子かな? 見たことあるようなないような顔だね。もしかして、お兄ちゃんの妹かな? ってことはあたしの妹でもあるよね?」
「そんなわけないだろ。何言ってんだ」
「だよね~じゃあお兄ちゃんの隠し子?」
「本当に何言ってんだ⁉」
いかん、あっという間に澪のペースに引っ張られてる。ここは俺が兄としての威厳を見せなければ。
「ほら、そんな圧迫するような聞き方するから怖がってるじゃないか」
俺がそう言うと、マキは空気を読んで俺の足にピッタリとくっつき顔を隠した。知らない人に急に話しかけられて怯えている幼児の所作そのものだ。
「怖がってる? そうかなぁ、この子いくつなの?」
「いくつ……えっと、十二歳……かな」
「じゃああたしと二つしか変わらないじゃん」
「そうだけど、でも、お前は中学生で、この子は小学生だし……」
「うーん、そんな風には見えないんだけどなぁ。この子、本当に小学生?」
澪の鋭い指摘に、表情筋が強張る。
マキは幽霊なので成長はしないが、精神年齢的には十七歳相当のはず。小学生らしくないというのはほとんど正解だ。
それにしたってまだ一言も話してないのに、なんで勘付くんだよ。やっぱこいつおかしい……本当に厄介極まりない。
「年齢、とかじゃないんだよね。何歳に見えるとかでもない。ただ、小学生に見えるから小学生として振舞っているっていうか……嘘くさいよね。そういうところが」
「わ、私は……嘘なんてついてないよ」
ジロジロと値踏みするような視線に耐えられなくなったのか、ここで初めてマキが声をあげる。
「そうだね。正直者っぽいもんね。じゃあここから先はお兄ちゃんに聞こうかな。この子なに?」
「えーっと、この子はだな……」
「ああ、説明し辛い事情ってわけね。じゃあ聞かないことにするよ」
そう言って澪は、俺たちの間をすり抜けて、アパートの階段を上る。
「え、お、おい⁉ 澪⁉」
「何?」
俺が慌てて呼び止めると、澪は迷惑そうに気怠げな声を出して振り向く。
「な、何も聞かないのか?」
「何? 聞いてほしいの?」
「聞いてほしくないけど……」
「じゃあ聞かないよ。兄の嫌がることはするもんじゃないでしょうよ。それともお兄ちゃんは、積極的に嫌がらせしてくるメスガキみたいな妹の方がタイプ?」
「それはない。俺は素直でおしとやかな子の方がタイプだ」
「あくまで理想の妹像の話をしただけなんだけど……まあいいや。とりあえず上がりなよ」
正直に言ってしまえば、拍子抜けだった。もっと修羅場になるとばかり思っていたのに、下手したら大規模な家族喧嘩に発展したり、勘当されたりするんじゃないかと思っていたのに、蓋を開けてみれば実にあっさりしたものだった。
「────お、お邪魔します」
「はーい、どうぞどうぞ。汚い部屋だけどくつろいでいってよ」
マキは平然と室内に上がり、澪は平然とそれを受け入れる。何事もないのならそれに越したことはないのだが、あまりにも簡単にいきすぎるとそれはそれで不安になってくる。
「おい、本当にいいのかよ。知らない女子小学生が家に上がるんだぞ?」
「女子小学生が家に上がったくらいでカリカリする方がおかしいでしょ。これがいい歳したおばさんとかだったら普通に拒否るって」
「そういうものか?」
「そういうものだよ」
「……この子、しばらく家に泊めたいと思ってるんだけど?」
「それは話が変わってくるなぁ」
一瞬だけ眉を吊り上げた澪だったが、すぐにいつも通りのだらけた顔に戻る。
「……まあいいや。何かあっても全部お兄ちゃんの責任だからね? あたしには関係なーい。しばらくお父さんもお母さんも帰って来ないし」
「え、そうなの?」
「前に言ってたじゃん。聞いてなかったの? というか、てっきりそのチャンスを伺って連れ込んだんだと思ってたんだけど」
「人聞きの悪いことを言うな。俺はただ、人の話を聞いてなかっただけだ」
「自慢げに言う事かな? それ」
うちの両親は共働きで、仕事柄家を空けることは多い。特に澪が中学生になってからはそういう機会も増えた。かなり頻繁にあるので、いちいち覚えてもいない。
「一応聞いておくけど、あまりにもモテないから、小学生にまで手を出し始めたってわけじゃないんだよね?」
「それは絶対にないから安心しろ」
信用できない、とでも言いたげに澪は目を細める。兄として、俺は妹にあんまり尊敬されていないらしい。悲しいことだ。
俺の情けなさを日頃から一番身近で見ているはずなので、当然と言えば当然の評価ではあるのだが。
「ところで、名前聞いてもいいかな?」
ソワソワしているマキをなだめるような優しい声音で、澪は尋ねる。
「……三ツ瀬マキです。よ、よろしく……お願いします」
緊張しているのか、マキの返事はたどたどしい。いつも底抜けに明るく、朗らかな姿しか見たことがなかったので、こんな風に固まっているのは新鮮だ。
「三ツ瀬……マキ……?」
「澪? どうかしたか?」
「……いんや、なんでもない。可愛い名前だなって思っただけ。さて、そろそろご飯にしようか。急に人が増えたから食材が足らないけど……お兄ちゃん、今日はご飯抜きで良いよね?」
「良くないぞ⁉ 良くない……が、急にマキを連れて来た俺が悪いからな。その辺は仕方ないか……うぐぅ……昼飯に続いて夜飯まで抜きとは……」
そんなこんなで、心配していたほど波乱が起きることはなく、俺は無事に我が家にマキを迎えられたのだった。
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