第20話 裏の顔
部屋の隅から隅までびっしりと貼り付けられた大量の写真……それもアイドルや漫画のキャラクターが描かれたものではなく、同級生である俺の写真だ。
それが何を意味するのか、わからないほど鈍いつもりはない。ここにある俺の写真は一枚残らず盗撮だ。だって俺が知らないのだから。
クラスでの集合写真や、行事の際に撮られたものならともかく、中には登下校中の姿を捉えたものや、寝顔を写したものまである。
「ストーカー……ってことだよな? いやいや、でも、まさか。あの真殿が……?」
真殿といえば完璧美少女。完璧美少女といえば真殿。この世にただ一人存在する完全無欠のスーパーヒロインなはず……これは何かの間違いで……。
「────時谷君」
背後から俺の名前を呼ぶ声が聞こえて、天井に軽く頭突きするぐらい跳び上がってしまった。
空中で体を捻り、カエルみたいに四つん這いになって着地するも、そこに真殿の姿はない。遠くから呼びかけていただけみたいだ。
「一応言っておきますが、寝室には入らないでくださいね? 他の部屋ならいくら覗いてもらっても構いませんけど、その部屋にはちょっと見られたくないものがあるので」
見られたくないもの……ああ、その忠告はちょっと遅かったな。俺もたった今、見たくないものを見てしまったところだ。
「わ、わかってる。わかってるよ。まさか勝手に寝室に入ったりしないって」
お札だけ回収し、部屋を出てからそう答えた。あからさまに声が上擦って、とんでもなく間抜けな感じになってしまったが、真殿は特に気にした様子もなく料理を続けている。
「落ち着け。一旦落ち着け。深呼吸しよう」
肺を最大まで広げ、そこに空気を溜め込む。存分に酸素を取り込んだ後は、焦りや緊張を乗せて大きく息を吐き出す。動揺した時はこれだ。とりあえず深呼吸すればいくらか冷静になれる。
……で、冷静になったところで、どうしようこれ。
真殿が俺のストーカー……まさか、そんなことがあるなんて。
壁に貼られた写真は隠し撮りが大半であるため、遠くからであったり、背後からであったり、俺を俺として判別するのも難しいような写真がほとんどだった。
しかし、寝顔に関しては別だ。俺は寝起きが悪いので、どれだけ至近距離で写真を撮られても起きないと思う。
俺が学校で寝ることなんてまずない。だが、例外はある。それが昨日だ。俺はセーブポイントを更新するために、彼女の前で寝てしまった。寝顔を撮られる機会があったとすればそれが最初で最後だ。
部屋の中央に置かれた机の上には、俺が穏やかな表情ですやすやと眠っている姿を撮ったものが沢山並べられていた。きっと選別の後、壁に貼られたコレクションに加えられるのだろう。
昨日、俺が寝た後で、俺を起こすわけでもなく、教室にも戻らず、一体何をしていたのかは気になっていたんだ。まさか写真撮影とは、完全に予想外だった。
「……よし、逃げるか」
これは下手をすれば、牛見より危険な相手かもしれない。俺が気づいたことに気づかれない内に、早くこの場を離れた方がいい。
「あれ、どこか行くんですか?」
抜き足差し足で玄関まで向かおうとすると、両手に皿を持った真殿に呼び止められた。
「い、いやぁ……ちょっと野暮用を思い出して」
「野暮用?」
「ああ、だからそろそろ帰ろうかなって」
「私の言うことを、何でも聞いてくれるんじゃなかったんですか?」
俺の足を縫い付けるような、重苦しい圧を持った冷ややかな声が投げかけられる。
……いや、違う。それは気のせいだ。真殿はいつも通り、明るい笑顔で優しく俺に話しかけているだけ。
ただ、俺がその笑顔の裏に気づいてしまったから、勝手にプレッシャーを感じているだけだ。
「料理、できましたよ?」
「あぁ……いやぁ……その……」
「食べますよね?」
「ぐ……じ、じゃあ……ち、ちょっとだけ……もらおうかなぁ……」
すぐに逃げ出すべきなのに、どうしても足が動いてくれない。見えない触手か何かで絡めとられた気分だ。
俺は死ぬほど引きつった笑顔をたたえながら、ぎこちない動作で食卓につくこととなった。
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