第18話 完璧な委員長
そこからはあっさりしたものだった。分が悪いと思ったのか、牛見は真殿の顔を見るなりすぐに降参し、俺を解放してくれた。
俺にかけられた呪いについても対処は簡単だった。どこへ逃げても必ず迷って、元の場所へ戻って来てしまう呪いだったらしいが、ずっと直進し続ければ迷いようがない。つまり、壁も柱も全て突っ切って進めばよかったのだ。
というわけで、俺は真殿が薙刀片手に切り開いてくれた道をそのまま辿って外へと出た。これで無事に無限ループから脱出成功だ。
外に出てみれば、そこは山奥に建つ神社だった。ここには俺も初詣の時に来るので知っている。まさかその奥がこんなに巨大な屋敷になっているとは知らなかったが。
「ありがとう、助かったよ」
「いえいえ、時谷君の助けになれたのなら本望です。それにしても災難でしたね」
「あぁ……本当にな」
「二度とこんなことがないよう、牛見さんとは私がしっかりお話をしておくので、安心してくださいね」
「……それは安心していいのかな」
流石の牛見も真殿に手荒なマネはしないはずだと思いたいが、安心はできない。せめて何事もなく丸く収まるよう祈っておこう。
「ところで、なんでここがわかったんだ?」
「なんでって、決まってるじゃないですか。時谷君は牛見さんに連れられて行ったんですから、牛見さんの家に居る可能性が高いと判断するのは自然でしょう?」
それもそうか。真殿ほどの人脈と人望があれば、クラスメイトの住所を特定することなんてそう難しくはなさそうだしな。
「じゃあ、あの薙刀は?」
「あれは牛見さんの家にあった物を借りただけです。複雑な構造になっていて迷いそうだったので、ちょっと強引な手を使っちゃおうかなって」
「ちょっと強引な……へぇ……」
人の家に上がり込んで、まだ俺がいると確定したわけでもない段階で、あれだけ大暴れするというのはちょっと強引と言っていい範囲内なのか? だいぶ強引だった気がするが……。
なんにせよ、彼女のおかげで助かったんだ。細かいことはツッコまないことにしよう。あれだ。それだけ真殿も必死だったんだろ。それでいいじゃないか。
「今は昼休みの時間なので、すぐに学校に戻れば午後の授業には間に合うとは思いますが、どうしますか?」
「……いや、今から授業はちょっと。もう眠いし」
せっかく脱出に成功したんだ。今はとにかくセーブポイントを更新したい。もしここで誰かに告白でもされようものなら、俺はまたあのループに戻されることになるからな。
「そうですか。わかりました」
「そっちは早く戻らなくていいの? 昼休みって言っても、そんなに長くないだろ」
「そうですね。三時間目は休むことになるでしょうが、問題ありません。それに時谷君を置いて自分だけサッサと帰るわけにはいきませんから」
真殿はそう言って爽やかに笑う。
なんて素晴らしい人格者なんだ。彼女と比べてしまえば、俺なんか本当にパッとしないショボい男なのだと思い知らされる。
昨日の俺の失態が、余計に浮き彫りにされるようだ。せっかく今は真殿と二人きりなんだし、やっぱりあの件は謝っておこう。
「あの、昨日のことなんだけどさ。ごめん、急に変なことを……」
「変なこと?」
「ほら、大事な話があるって言ってただろ。それなのに、突然昼寝を……」
「ああ、そんなことですか。気にしないでください。お疲れだったのでしょう? ついつい寝てしまうことぐらい誰にだってありますよ」
優しい……優しすぎる。優しすぎてこっちが耐えられない。助けてもらった上にそんな優しい言葉までかけてくれて、俺はどうしたらいいんだ。
「いいや、せめてお詫びをさせてくれ。何か俺にできることはないか? 助けてくれたお礼も兼ねて」
「お詫びに……お礼、ですか。困りましたね……時谷君に頼みたいこと……」
「ああ、何でもいいぞ」
何でもいいといった直後ではあるが、もしここで告白なんてされたら不味い。これだけ色々迷惑をかけて、まだ俺に告白してくれるのかどうかはわからないが、万が一にもそんなことになったら全てがパーだ。
「あー、えっと、何でもいいとは言ったけど、その……」
「じゃあ、今から私の家に来ませんか?」
「……家?」
危惧していたものではなかったが、かなり予想外のことを言われた。
「はい、お疲れなのですよね? ならぜひ私の家で休んでいってください」
「……それじゃお詫びにもお礼にもなってないだろ。むしろまた余計に迷惑をかけてるじゃないか」
「そんなことはありません。私はあなたに、家に来てほしいんです」
「……えぇ? もっと他のはないのか?」
「何でもと言いました。撤回なさるのですか?」
「うぐ……」
よく意味の分からない不思議な要求だが、どうしてもと押し切られて、真殿の家に行くことになった。
そう言えば、彼女は一人暮らしなんだっけ。女子高生が一人で暮らすなんて何かと不便も多いはずだ。さりげなく家事の手伝いとか、力仕事でもして、借りを返すことにしよう。
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