第9話 お祝い

「ぐわああああああああああああああやらかしたああああああああああ‼」


 家に帰り、自室の中央でうずくまった俺は、全身全霊を込めた絶叫を繰り出した。


 昼休み中に昼寝して、午後の授業を全部すっぽかしたことはこの際いい。問題なのは真殿からの告白まですっぽかしてしまったことだ。

 せっかく彼女が勇気を出した告白しようとしてくれていたのに、それを中断した挙句、陽が沈むまで寝てしまうという大失態。


 告白直前にセーブポイントを持ってこようとしたところまではよかった。ただ、やり方がまずかった。あれじゃ真殿からしてみれば、俺は会話の途中で突然寝だす非常識な男でしかない。

 そりゃ、愛想を尽かして先に帰って当然だ。熟睡した俺はちょっとやそっとじゃ起きなかっただろうし、その場に放置されたことにも文句は言えない。


「完全にやらかしたぁ……チクショウ……これはやっちまったよなぁ……」


 流石の真殿も、これにはドン引きしたはずだ。もう二度と告白はしてもらえないと考えた方がいい。

 しかもセーブポイントは更新され、もう俺の失態は確定してしまった。今リセットしたとしても、戻るのはおっさんに蹴り起こされている場面だ。


 まったく……今日はおばさんに起こされたり、おじさんに起こされたり、気分の悪い目覚めが続くな。眠るのがトラウマになりそうだ。


「俺のモテ期もこれで終わりってことかよ……ああああああぁぁぁ‼ せっかくのチャンスだったのに‼」


 モテるために必死に努力して、あらゆるステータスを底上げし、ついに学校のアイドルから告白されるところまでこぎつけたっていうのに、謎のリセット現象に邪魔されて、振り回されている内に人生最大のチャンスを逃した。


 俺が一体何をしたっていうんだ。真殿に好きになってもらえたのは純粋な努力の結果であって、何か卑怯なことをしたわけでもない。なのになぜこんな目に遭わなくてはならないのか。もしかして俺、誰かに呪われてる?


「呪いと言えば最初に思いつくのは……」


 脳裏に浮かぶのは、日頃から大量のオカルトグッズを携帯している牛見だ。


 俺は幽霊やら神やら、そういう非科学的な存在を絶対に信じないというわけでもない。むしろどちらかといえば、割と信じている方だ。特に幽霊に関しては、絶対にいるとさえ思っている。

 しかし、それはオカルトに傾倒しているというわけじゃない。俺はあくまで、死者の魂が生者のことを見守ってくれていればいいなと思うだけで、霊能力者とか、霊媒師とかは普通に胡散臭いと思っている。


 だから牛見のことも、いつも胡散臭い物を持ち歩いている胡散臭いやつという印象だ。

 だが本人は、何らかの力を持っていることをずっとほのめかしている。悪霊がどうとか、儀式がどうとか、二回目の四月十五日にも言っていた。


 彼女の力をまるっきり信じていない俺は逃走したわけだが、リセットという非科学的な現象の実在を知ってしまった今となっては、彼女の言葉だってまったくの妄言ではないんじゃないかと思い始めている。


「呪い……俺のこのリセット現象が呪いによるものだとしたら、一番の容疑者は牛見で間違いないよな。あいつは俺に変な儀式を仕掛けようとしてたし、席も隣だから接触する機会は多い」


 でもなぁ……呪いかぁ……本当にそんなことあるんだろうか。あるとしても、俺にこんなことをする理由が謎だしなぁ……。


 なんにせよ、俺はもう四月十五日を繰り返すことはないだろう。このまま今夜は自分の部屋で寝て、明日また学校へ行く。そうすれば、リセット現象が起きたとしても戻るのは十六日の朝だ。


「……ん? 四月十五日……?」


 そういえば、今日は大事な用があったんだ。本当は学校の帰りに寄る所があったのだが、流石に色々ありすぎて忘れていた。

 危ない危ない。授業をすっぽかしても、告白をすっぽかしても、この用事だけはすっぽかすわけにはいかないんだ。なにせ年に一度の大事な日だからな。


 今からだとちょっと遅いけど、まだギリギリ店も開いてるはず。色々考えすぎたせいか頭がこんがらがってきたし、息抜きも兼ねてサッサと行ってこよう。


 ────俺は制服も着替えず家を出て、近所のケーキ屋に向かった。そこでショートケーキを一つ買い、ロウソクもつけてもらう。

 その足で十五分ほど歩き、お寺の敷地の一角にある小さな墓地までやってきた。日はとっくに沈んでいるので、辺りは真っ暗だ。

 こんな時間に墓参りをしようと考える人は俺以外にはいないらしく、不気味なほど静まり返っている。


「遅くなっちゃったけど、結果オーライかな。墓場にケーキ持って来てるところを見られるのはちょっと恥ずかしい……というか、思いっきり非常識だし」


 スマホの光で足元を照らしつつ、墓石の迷路を迷いなく歩き、最短距離で目的地へと辿り着く。

 俺は箱からケーキを取り出すと、紙皿の上に乗せて供えた。そしてロウソクを突き刺し、マッチで火をつける。


 ボンヤリとした灯りが周囲を照らす。墓場にロウソクだなんてちょっと不気味な組み合わせではあるが、本人の希望なのだから仕方ない。


「線香焚いて祈るのが普通なんだろうけど、お前はロウソク立てて祝われた方が嬉しいんだろ? 今日はお前の命日だけど、誕生日でもあるもんな」


 ここは三ツ瀬マキ────五年前に死んだ俺の幼馴染が眠る場所だ。

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