第6話 大失敗
「うわあああああぁぁぁっ⁉」
予想外の告白を受け、驚愕の声をあげると、そこには白い目で俺を見る数学教師の顔面があった。
「時谷君。あとで職員室に来なさい」
「…………は?」
これは数学の授業中か。あの教師がここにいるということはそういうことだ。でも数学の授業はついさっき終わったはず……なんでまだ授業が続いている?
いや、そうじゃない。その答えはもうとっくにわかっている。またリセットされたんだ。それも今度はセーブポイントが更新されて、数学の授業時間中になっている。
なんでだ? なんでこうなった……? 考えろ。今やるべきことはとにかく情報収集だ。この理不尽にも思える超常現象の中から法則性を見つけ出して、なんとか打破する方法を探り出すんだ。
前回のセーブポイントは俺の部屋だった。それが今回は教室になっている。それだけではなく、時間も二時間ほど後にズレている。
リセット回数を重ねるとセーブポイントが後になってくるのか? いや、だとすれば二回目と三回目のセーブポイントに変化がなかったのはおかしい。
となると、共通点は起床か。二つのセーブポイントに共通するのは、眠りから目覚めた瞬間であるということ。つまり、寝て起きるとセーブポイントは更新されるという仮説が立つ。
そしてもう一つ考えるべきなのは、リセット条件の方だ。俺はてっきり真殿夏海に告白されることでリセットされるのかと思っていたが、それは違った。
リセットされる直前、俺は牛見と話していた。そして……彼氏になってくれと言われた。
そうだ、間違いない。あれは牛見から俺への愛の告白だった。それを聞いた瞬間リセットが発生したということは、リセット条件は真殿に限らず、誰かから告白を受けること……と考えるのが一番自然だ。
「告白されるとリセットされて、直近に眠りから覚めた地点に戻される……なるほどなるほど、輪郭は見えてきたな」
考えがまとまってきたところで、ふと顔を上げると、数学教師の顔面が毛穴まで見えそうな距離まで接近していた。
四十代の女性教員。こんなことを言うと失礼だが、七五三かというぐらい肌を真っ白に塗り、強烈な香水の匂いを漂わせている。
「時谷君、聞いていますか? あなたらしくもない。授業中に急に立ち上がってぶつぶつと独り言を言って。授業を受けたいと思っている周りの生徒に迷惑がかかるとは思わないんですか? 授業は教室にいる皆で作っていくものなんですよ? 君は勉強ができるから、ひょっとしたら授業なんて聞かなくてもいいと思っているのかもしれないけれど、皆は一生懸命やってるんです。私がこうやってあなたに注意している時間分、皆は勉強をする時間を奪われています。わかっていますか? 君が皆の勉強時間を潰しているんです。教室は皆で勉強をするところなのに、そうやって自分勝手な行動を取る人がいると全体に迷惑がかかるんですよ。学校っていうのはね、ただ勉強をする場所じゃないんです。塾だったらいいですよ? 君が一番勉強できるのは確かですから好きにしてもらったらいいです。でも、学校は皆で一緒の教室で、一緒に過ごしながら学んでいく場ですから、足並みを揃えてやっていかないといけないんですよ。一人が勝手なことをしてたら、全体の効率が悪くなるでしょう。居眠りだけなら自分の責任ですから、大目にみようと思いましたが、そうやって大声を出して授業を中断させるような悪ふざけをするのであれば、注意します。勉強ができればいいという考え方では、社会に出た時に苦労しますよ。ちゃんと周りの人たちと協力して仕事をしていかないといけないのに、一人だけ自分の成果ばっかり気にしている人がいたらどんな目で見られると思いますか? 君はまず自分だけ良ければいいという考えを直しなさい。勉強だって皆でするものなんだから。大体君はいつも────」
ああああああああああああああ長い長い長い長い長い長い長い長い以下省略‼
洋画のエンドロールと、おばさん先生の説教はもっと短くていいと思うんだ。その方が世界はもっと平和になる。
授業の残り時間はまだ二十分くらいあったはずなのに、結局お説教だけで全部潰れた。それでもまだ語り足りないのか、放課後まで呼び出されてしまった。
しかし収穫はあった。リセット現象の法則はなんとなく掴めたし、対抗策もとりあえず一つ思いついた。
無事に放課後になって真殿に告白されればその方法を試せるが、今はそれよりも差し迫った問題がある。
そう、牛見の告白だ。モテたいモテたいと散々言っていた俺ではあるが、まさか牛見から告白を受けるとは思ってもいなかった。
俺は真殿以外誰とも付き合わないと固く心に誓っているわけではない。告白してきた相手の気持ちが本物でさえあれば、真剣に向き合うつもりだ。
ただ、大変申し訳ないが牛見だけは門前払いにさせてほしい。あの変人を受け入れられるほどの巨大な器は持ち合わせていない。
俺はあくまでも一般的な良識を持った人が好きだ。どれだけ可愛くても、どれだけ賢くても、どれだけ胸が大きくても、そこだけは譲れない。今後付き合っていく上で価値観が一致するかどうかは一番大事なところだからな。
というわけで、俺は牛見を振らなくてはならない。しかし彼女から告白を受ければまたリセット現象が発生し、授業中まで戻されることになる。下手をすればあの長ったらしい説教を無限ループすることになりかねないという地獄。
それを回避するためには、こっちから動くしかない。先手必勝だ。
「ねえ、時谷君────」
「ちょっと待った‼」
授業が終わり、前回と同じタイミングで声をかけてくる牛見。俺はその声をかき消すほどの大声を張り上げ、彼女に向けて手のひらを突き出した。
「お前が何を言いたいかはわかってる」
「……え?」
「俺に告白するつもりだろ? それはすごく嬉しい。だけど悪いな。俺はお前の気持ちには答えられない」
「………………告白? 何言ってんの?」
牛見はキョトンとした顔で首を捻る。いつもは周りを振り回す側である彼女にしては珍しく、心底困惑している様子だ。
「……違うの?」
「全然違うけど。何? なんで告白されると思ったの?」
「い、いや、だって……」
「よくわからないけど、自意識過剰すぎない?」
「は、はぁ⁉ じゃあ、俺に何を言うつもりだったんだよ⁉」
「ん? やっぱいいや。なんか気のせいだったみたいだし」
俺を小馬鹿にしたような半笑いを浮かべながら、牛見は背を向けて去って行った。
一人ぽつんと取り残された俺。教室の端で行われた一部始終を見ていたクラスメイト達からも、嘲笑のようなものを複数向けられている。
しかもその中には、気まずそうにキョロキョロと視線を彷徨わせている真殿の姿もあった。
「……あ、いや、これは」
慌てて弁明しようとしたが、言葉に詰まる。どうやっても説明しようがない。どう言い訳したらいいんだ。
そんなこんなでもたもたしている隙に、真殿はいたたまれなくなったようで、教室を出て行ってしまった。
「うわあああああああああああ‼ もう駄目だあああああああああああ‼」
冷ややかな視線が突き刺さる中、ヤケクソになった俺は馬鹿みたいに情けない絶叫を教室中に轟かせるのだった。
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