第15話 神薙塔矢②-4

 やはり知り合いだった遠藤と日渡は、お互いに軽く挨拶をして二人ともそのまま静かにその場に座り込んだ。


 いつの間にか、胸の中のもやもやが消え去っていた。こんな思いは、これまでしたことがなかったのに……いや、あったか。遠い昔の小さい頃。俺が彼女を傷つけて、彼女から心を遠ざけることを誓った日までの間。俺は、日渡を見る度吐き気に襲われ、そして見えなくなったら胸の中にもやもやを産み出していた。


 物理的な距離よりももっと、色濃く深い内面的な距離。


 同じレールの上になどいないようにと、何度も何度も別のレールに移動をし続けていたのに、俺はまた、彼女と同じレールの上に立ってしまったようだ。歩けばいつか彼女のもとへと辿り着けるであろう――レールの上に。


 恨むぞ橘。恨むぞLINEグループ。


「じゃあ、改めて何をしていくか、具体的なことを決めて行こうか」


 司会進行は変わらず橘が務めるようだ。大雑把なイメージだったが、意外にまとめ役もできるらしい。ぼそっと「様になってるな」と呟いたら、横にいた遠藤が小声で「部長なので」と教えてくれて得心がいった。人を見た目や雰囲気で勝手に決めつけてはいけないという、典型的なパターンだな。まあ、だからと言って謝る気もないが。


「何をするかは神薙君が昨日決めてくれたから、それをどういう風にしていくかだよね。風船を飛ばす、ていうだけじゃ、さすがにどうかなって感じだし」


 そう、なのか。まあ、そうだよな。たくさんの風船を空に飛ばすだけなら、運営側が初めからやる予定にしている可能性もあるし、そもそも出し物としてはいまいちしっくりこない。開幕式のおまけ、皆そんな認識だろう。


「何かある、神薙君?」


「うーん……悪い、言い出しっぺのくせに、何も思い浮かばない」


「別に大丈夫だよ! そのために複数人でやってるんだし。ちなみに私も何も浮かばない!」


 胸を張ってにっこり笑顔。何時もならいらっとする場面だが、どうも今回はそう感じないらしい。


「悠太君は?」


「ええと……せっかくなので、皆が見てくれたら嬉しいんですけど……。例えば、風船を割る、とか……」


「せっかく飛ばすのに、割っちゃうの!? それは、どうなのかな――」


 なかなかぶっ飛んだ発想だなと思うと同時に、だからこそ逆に思いつかないなとも思った。風船を膨らまして空に飛ばす。そこに何かを加えるとして、あったものをなくしてしまうというのは、常人では出来そうにない。天才とか奇才とかって、きっとこういう人間がなるんだろうな。


「やっぱり変ですよね、ごめんなさい。聞かなかったことにして――」


「待って!」


 遠藤の言葉を遮って大声を上げたのは、まさかの日渡だった。俺たち三人とも目を丸くして、彼女を見やった。


「割れた風船の中から、何か、出てきたら面白いんじゃないかな。メッセージカードとか」


「――それだ! あ……」


 思わず叫んでしまった。さっきまで視線を一点に集めていた日渡に代わり、今度は俺が視線の的となった。

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