第3話 魔のうごめく森
森へ逃げこんだ賊たちが懸命に奥へ進むと、やや開けた場所に行き当たった。
そこでは、フード付きの黒マントで全身を覆った人影が、倒れた古木をベンチにして待っていた。
立ち上がった背は、決して高くない。
次の声から、若い男と判じられた。
「ずいぶんな格好だ。どうやら、よい報告は聞けそうにないな。血まみれの負け犬諸君は、息も絶え絶えの中、何と吠えるつもりかな?」
「う、裏切り者め!」
最も大柄の賊が代表し、痛む体にむち打って吠えた。
「何だい、唐突に。人聞きの悪い」
「話が違えぞ。若い娘から、仔竜一匹ちょうだいするだけの仕事のはずだ」
「その通り」
「何が、その通り、だ。向こうにゃ、ゴールド・ドラゴンまでいたぞ」
「ゴールド・ドラゴンだと? 馬鹿な、スカイ・リザードの見間違い……」
「……なんかじゃねえ。子供だったが、ありゃ、まぎれもなく、全モンスターの王」
「それを、あね……あの娘が連れていた、と?」
「いや、ゴールドのほうのホルダーは、冒険者らしい若い男だった」
「わ、若い男といた? 逢引きか?」
「んなこた、知るか。ただ、竜は確かに二匹いたんだ。しかも、ホワイト・ドラゴンのほうも、ただのメスの仔竜だって話だったが……」
「まさか、成体になっていたか?」
「なられてたまるか。子供の光線でもあの威力。要塞を吹っ飛ばす大砲だって及びゃしねえ」
「それほどか」
「あんなもん、軍隊でもなきゃ太刀打ちできねえよ。だから、話が違えってんだ」
賊の言い分を聞いたフード男は、何やら急に思索にふけり出ながら、彼らの前を横へ行ったり来たりした。
ぶつぶつと小声で漏れるその独り言は、
「まさか、それほどの力を隠していたとは。道理で、何者をも恐れず、身勝手な振る舞いを続けていられるわけだ。よもや、涼しいお顔をして、おぞましい野心を抱いておられるのではあるまいな?」
無視された賊は、ドクロの面を外した醜い中年男が、痛む体で精いっぱいの怒声を張り上げ、フード男の思索を破った。
「だから、話が違うってんだ! 金は上乗せしてもらうぞ。治療費に慰謝料に……」
「報酬とは、成功に対して支払われるものだ。落ちこぼれると、社会通念も失うようだな。諸君は失敗したのだろう? 金が得られるとでも?」
「踏み倒そうってのか?」
「仕事に不測の事態はつきものだが、それに対処してこそプロというものだろう。彼我に大きな戦力差があったというなら、その責めは君たちの非力が負うべきだ」
「……なら、一切の責任を、てめえの非力に取らせてやる!」
大柄と中年を含む三人の賊が、痛みに耐えて抜剣した。
そのスライムたちも、足元で目をむく。
が、直後、彼らの背後で悲鳴が上がった。
振り向けば、重傷でそこに寝ていた賊が二人、長い触手に空中で締め上げられている。
そして、彼らを負ぶっていた水色のスライムたちは、触手の主たる、身の丈五メートルの大樹のような怪物の、巨体の半分はあろうかという大口にちょうど納まるところだった。
「役に立たない罪人はゴミ同然。そして、この地の清掃は、僕の仕事と言えなくもないのでね」
その後も打ち続く、巨大な咀嚼音と断末魔をBGMに、若者はフードを外した。
燃えるような赤い髪と、色白の乙女のような童顔が現れる。年の頃十五、六。この状況下でも、その表情は涼しい。
「獣面樹に任せて正解だったな。手を汚さずに済んだ。とはいえ、好ましい成果ではない。ゴールド・ドラゴンを連れた冒険者とは。まったく、どこまで僕らの邪魔をすれば……」
獣面樹が大きなゲップを出すと、少年は首を振った。
「まあ、いい。悲観に僕らを救えはしまい。父母が頼みとし、歴史ある家名を継ぐのはこの身一つ。たとえドラゴンを盾に身勝手を貫こうと、涙を飲んで膝を屈するユーサリオンではないぞ、姉上」
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