ドラムーン
ワヒロ・インデュ・サモンリバー
第一章
第1話 金の竜 白き竜
その日は初夏にふさわしい陽気だった。
明るい緑の丘陵がさながら波打つ大海のごとく、大小の森がさながら群島のごときパラタインヒルの地を、鮮明なアルビオット山脈が北方で見守っている。
雄大で美しくはあるが、単調で数え立てるほどのものもないど田舎の静謐が破られたのは、正午前のことだった。
黒ずくめの賊が六人、二十歳ばかりのブロンド美女の行く手をはばんだのだ。
賊は一様にドクロの面をつけ、足元にスライムを転がしている。定番の水色二体のほか、赤、茶、黄、緑の計六体。
美女のほうは、散歩が相応の軽装だが、それでも良家の暮らしぶりが薫っていた。
この状況で、顔つきは極めて冷静なまま。
とはいえ、傍目にはピンチに違いない。
が、賊がその目的を果たすどころか用向きを伝えるより前に、空から声が降ってきた。
「一つものをたずねるが、パラタインヒル伯爵のお屋敷ってこの辺?」
ヒーローの登場にしては間抜けたセリフである。
声の主は、美女のすぐ右手、小山と呼ぶのも大袈裟な、草っ原に生える大岩程度の頂上で、腰に手を当てて一人仁王立ちしていた。
美女と同い年くらいの、銀髪がまぶしく目鼻の涼しい青年である。
黒い旅装の、ありふれた冒険者といった出で立ちながら、その斜に浮く、中型犬サイズのまばゆい有翼爬虫類が強く一座の目を引いた。
にわかに賊が落ち着きを失う。
「あ、あれ、ドラゴンじゃん?」
「そ、そんなわけねえだろ。どこのバカが、こんなご時世に堂々とドラゴン連れて通りかかるかよ」
「スカイ・リザードの子供だろ?」
「け、けど、あんなキラキラした金色のウロコ……金色? ゴ、ゴールド・ドラゴンか?」
「伝説の? は、初めて見た……」
「ガ、ガタガタぬかすんじゃねえ!」
対照的に、美女は美しい瞳を輝かせると、軽やかに指笛を吹き鳴らした。
彼らの頭上に白い影が差し、甲高い雄たけびを上げる。
それは、大型犬大の有翼ドラゴンで、全身をシルクのような美しい毛に覆われ、細い首と小さな頭の優美な姿をしていた。
「こ、今度はホワイト・ドラゴン!」
「あれが、話の?」
「てことは、お宝のお出ましだ」
「あれがお宝なら、あっちは何だ? ゴールド・ドラゴンとなりゃあ、文字通り金になるんじゃねえか?」
「け、けど、大丈夫なんだよな? ドラゴンって、めっちゃ強いんだろ?」
「ビビるな。今の世にドラゴンの成獣はいねえ。ミニドラなら、最新モンスターの敵じゃねえぜ」
賊は意を決し、スライムをけしかけた。
火の玉、水の玉の攻撃を、白いドラゴンがひらりとかわす。
「あ、やっぱ無理だ」
「簡単にあきらめるな! おい、あの姉ちゃんを捕まえろ。人質にする」
賊の一人が、刃物を手に美女に迫った。
たちまち美しい面前に達した次の瞬間、カウンターで見事に殴り飛ばされる。
「ドラゴンホルダーが弱いとでも?」
美しい顔に不敵な笑みが咲いた。
が、殴り飛ばされた賊の陰からは、一匹のスライムが砲弾のように迫っていた。
避けられない!
そこへ、金色の竜が空を切って割りこみ、尾を振ってこれを打ち返した。
ホワイト・ドラゴンより小柄だが、すさまじいパワーである。
「余計なお世話かと思ったが、俺たちも紳士なもんでね」
大岩の上で青年が白い歯を見せる。
美女は匂うような笑みを返すと、
「じゃあ、こちらは淑女のたしなみをお見せしないとね、シロちゃん」
ホワイト・ドラゴンが、まばゆい光線を吐いた。
賊の間近の大地をえぐり、土砂を弾き飛ばす。
直撃はしなかったが、効果は充分だった。
力の差を思い知った血みどろの賊は、ほうほうの体で北の森へ逃げて行く。重傷の二人に至っては、それぞれ水色のスライムたちに頭を借りていた。
美女がシロちゃんを呼び戻すと、銀髪の青年とゴールド・ドラゴンも下りてきた。
「追わなくていいのか?」
「追いかけるほど好みじゃないもの」
「顔見知りじゃないのか?」
「今だってあの人たちの顔なんて知らないわ」
「街道から外れたこの辺に、ああいう手合いは珍しい。何だか様子が変だったし、あんたを狙ってきたんだと思うよ。それか、そっちの白髪のお嬢さん」
「だとすると、どこで知ったのかしら? 私たちのことは、家族と一部の人しか知らないはずなのに……。ま、いいわ。またきたら追い返すまでよ」
「たくましい」
「戦争は無理でも、数人の盗賊くらいやっつけられないとね。ドラゴンホルダーとしては」
「もっと仲間を連れて戻ってくるかもよ?」
「ドラゴン連れの女の子信じる人仲間なんて多くないでしょ」
「俺は信じるけど?」
「あなたは大丈夫でしょ? おあいこだもの」
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