第22話 幽霊十字路
帰路につく。
拭えない喪失感が、俺の足取りを重くさせていた。
辿り着いた幽霊十字路。
いつも毎朝ここで久理子と合流していた、明日からはそれが、ない。
そう思うと、深いため息が出て、悲しみが押し寄せてくる。
「久理子……」
彼女の名前を呟く。
もうこの世にはいない、彼女の名前を。
明日からは一人での登校か。
さぞかし退屈な登校になることだろう。
「ん……?」
その時――いつの間にか、目の前には少女が立っていた。
見た目からして五、六歳ほどの少女。
すっかり日が暮れたこんな時間に、一人でいるというのは妙だ。
「きみは……」
「わたし、くりこ」
よく見ると、体の輪郭が少しだけおぼろげ――幽霊、か?
幽霊十字路の、幽霊?
「まさか、きみが……本物の古月久理子か?」
少女は小さく頷く。
そして、差し出すように向けてくる両手。
その手には、青い炎のような光の玉がゆらゆらと揺れていた。
「これは……」
「お兄ちゃんの、想いがあれば……」
怪異は――人の様々な思いや強い感情でも生まれてくる時がある。
これが、怪異――久理子の残滓なのだとしたら。
両膝をついて、俺は光の玉を両手で覆う。
「まだ、間に合うかも……」
「久理子……」
かすかに、ぬくもりが伝わってくる。
彼女の生命に直接触れているかのような感覚だ。
「戻ってこい、久理子!」
この少女と共に祈り、願う。
強い感情――久理子への想いを込めて。
光の玉が次第に、光度を増して大きくなっていく。
体の奥から何か引っ張られるような感覚が生じている、この光に力がそそがれている証拠だ。
光が徐々に人の形へと形成されていく。
見覚えのある姿に、形成されていく。
「う、くっ……!」
体力を根こそぎ持っていかれそうだ。しかしかまうもんか、久理子が戻ってくるのならば、俺の全てをくれてやる……!
たとえ怪異であっても、本当の古月久理子でなくても、俺が望んでいるのは、笑顔がよく似合う、幼馴染として接してきた久理子だ。
戻ってきてほしい、切に願う。
「頑張って……」
「ああ、頑張る……!」
徐々に光が大きくなっていく。
加えて、俺の体力も、俺に備わっているであろう非鳥の呪力も吸い取られていき体力が消耗していくが、決して意識を失ってはいけない。
ここがふんばりどころだ!
光は人の形へと変化していく、嗚呼――久理子の姿へと、変化していっている。
意識を何度も失いかけながらも、俺は更に力を注いでいく。
地面がへこみ、周辺のあらゆる物体が振動する。
空気さえも、この光が吸収し、呼吸すら難しくなっていく。
「久理、子……!」
彼女の名前を呟く。
幽霊の久理子も、苦しそうに表情を歪めていたが、踏ん張ってくれている。
光が強くなり――そして、弾けた。
「うぉ……!」
体にかかっていた負荷が解かれてしりもちをついてしまった。
失敗……?
いや、違う。
目の前には、久理子の姿があった。
意識はないようで、ふらついて俺に倒れ掛かってきたので抱きかかえる。
「久理子……!」
確かな感触が、確かなぬくもりが伝わる。
生きている、確かに生きている……!
「ん……」
「気が付いたか……?」
「あれ? わたし……はわー! どうしてきみに抱きつかれてるの⁉」
がばっと、久理子は慌てて俺から離れた。
もう少し抱きしめていたかったな。
「幽霊の久理子が、お前を助けてくれたんだ」
「久理子が……?」
久理子の口から、久理子の名前が出てくるのはちょっと不思議な感覚。
彼女のいた場所を見やるも、もうその姿はなかった。
「そういえば、あの子に……意識が消えゆく前に、会った気がする」
「よかった、本当によかったよ……」
「いやー、お恥ずかしながら、復活しちゃいましたー……」
てへへと笑みを浮かべる彼女を、俺はぎゅっと抱きしめた。
「ちょ、ちょーい⁉」
「少しの間、こうさせてくれ」
「し、仕方ないなー……」
久理子もぎゅっと俺を抱きしめてくれた。
幸せな時間が流れる。今、とても幸せだ。
すると、久理子のお腹のあたりから「きゅ~」っと可愛らしい音が鳴った。
思わず、久理子を見やる。
久理子は恥ずかしいのか視線を逸らしながら、またてへへと笑みを浮かべていた。可愛いやつ。
「腹減ってるのか?」
「うん、とてもお腹減ったー」
「じゃあ何か飯を作ってやるよ! うちに来い!」
「ではお言葉に甘えまして」
まさかの。
まさかの、再会だ。
涙しそうになるのを堪えて、笑顔を作る。
今日は何を作ろうか。
久理子が好きなものなら、なんでも作ってやろう。
「何を食べたい?」
「なんでもいいよー」
「そういうのが一番困るんだよなあ」
「じゃあ、わたしの一番好きな料理で!」
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