第15話 ひどり
「第三ラウンドってとこだな」
小鳥遊さんを隅のほうへと運ぶ。
次なる戦いに巻き込まれないといいが。
幸鳥のほうを見ると、翼を広げて威嚇していた。やる気は十分らしい、勿論俺もそうだ。やってやろうじゃないの。
幸鳥はまるで何十人もの女性の悲鳴が重なったかのような鳴き声を上げていた。なんという声だ、背筋が凍る、悍ましい。
しかし天井の亀裂から注がれる陽光に照らされるその姿は実に神々しい。
まさにこれこそ怪異、と。
そう思わせられる。
この怪異は、これまでどれほどの人間の願いを叶えてきたのだろう。そして、どれほどの人間の生気を搾り取り続けてきたのだろう。
ここで、終止符を打てるのか、どうか。
幸福を盗む、幸盗り――幸せの鳥――幸鳥。
俺は肺に多くの酸素を取り込んだ。
すー。はー。ふー……。
心臓の鼓動が、高鳴っている。
緊張、高揚、様々な感情が入り混じることによる、脈動。
冷や汗が頬を伝う。
両手を握っては、開いてを繰り返す。
……よし、動く。
幸鳥はまたもや鳴き声を上げる。
鳴き声というか、悲鳴そのもの。
場の雰囲気に呑まれそうになる。
これまで相手してきた怪異とは違う。小物とは比べものにならない。
これでも中級、だって? 上級に見えるぜ立花さん、少し低く見積もってないかい?
幸鳥は天井いっぱいまで上昇した、羽ばたきで埃やらが舞い上がり咳を誘う。
最初の攻撃は、羽攻撃。
しかし小鳥遊さんの時とは違い、羽攻撃はその数も、威力も違った。
羽ばたき終えた時には、既に体にいくつもの羽が突き刺さっていた。
「うぐっ……!」
そして、後方へと飛ばされる。
小鳥遊さんのほうを見やる――よかった、攻撃は受けていない。しかしこのままでは巻き込まれるのは時間の問題か。
彼女のほうとは逆方向へと移動する、幸鳥はゆっくりと俺を追ってくる。いいぞ、追ってこい。なるべく小鳥遊さんのいるほうでは戦わないようにしよう。
幸鳥は室内の狭さが煩わしいのか、翼を大きくは広げはしなかった。
その代わりに翼を素早く振るい、障害物となるものは薙ぎ払う。少しずつ、自分の有利となる状況を構築していっている。
幸鳥は翼を振るい羽攻撃を仕掛けてくる。
ドラム缶の裏へと逃げ込み羽攻撃をやり過ごし、新たなおふだを取り出してこちらも仕掛ける準備をする。
幸鳥は距離を詰め、ドラム缶を弾き飛ばしてはくちばしで突く啄み攻撃を仕掛けてくる。
「うぉっ!」
咄嗟に避けるや、俺のいた場所の床はくちばしにより穴があけられていた。
直撃したらどうなることやら。
まったく、戦ってつくづく思うがこいつ……戦闘の力は、全然たいしたことあって困る。
幸鳥は天井に向かって羽攻撃し始めた。
何かと思えば、天井を破壊して落下物を俺への攻撃に加えているようだ、非常に厄介。
落下物を避けていきつつ、羽攻撃と啄み攻撃も避ける――こいつは流石に骨が折れる。
角に追いやられるや、幸鳥は俺に向かって、悲鳴を上げる。
空気が激しく振動する、先ほどの悲鳴よりも音程は高い――超音波攻撃、というやつだ。
鼓膜を貫かれるかのような刺激に俺は耳をふさぐ。
更には翼で風を発生させ、俺は壁に叩きつけられた。
「ぐっ……!」
そして、幸鳥の突進――くちばしが俺の腹部へと深く突き刺さる。
「ぐはっ……!」
「冬弥!」
骨が折れる音が聞こえる。
肉が潰れる音が聞こえる。
バキバキと。
メリメリと。
後ろの壁が破壊されて、外へと貫通し、幸鳥は地面へと俺を叩きつける。
嗚呼、これは死ぬな。
……“普通”の人間なら、死ぬ。
幸鳥は異変を感じてくちばしをすぐに引っ込めた。
腹部に熱がこもる。
痛みによる熱ではない。
本当に、燃えていることによる――熱。
腹部が、燃えている。
熱さは少しだけあり、痛みが引いていく。
「……昔はさ、父さんがよく俺を山に連れてサバイバルさせてたんだ。時には一人で山に放り出されたこともあってね、まあ遭難ってやつを何度も体験したなあ」
俺は上体を起こす。
骨が治る音が聞こえる。
肉がもとに戻る音が聞こえる。
パキパキと。
ミチミチと。
「あまりの空腹で限界が近い時によ、怪異を見つけたんだ。その怪異は、弱っててさ、これはチャンスだと思って、戦って、勝って、食べちまったんだが、いやー……ただの怪異じゃなかったようでな」
俺はすっと、立ち上がる。
傷口は、燃えている。
燃焼を終えると、傷口は綺麗さっぱり、なくなった。
「ちょっとやそっとの怪我じゃあ、傷口が燃えて治っちまう体になっちまった。なんだったかな、その怪異、じいちゃん曰く――そう、ひどりだ」
熱さが引けば、痛みも完全に引いている。
服が少し焦げるのが難点だが、この体は、便利だ。
「なんかすげえ怪異だったらしいけど、食べちまえばみんな同じだ」
焼いて、美味しくいただいた。
お味のほうは、とっても美味しい鶏肉って感じだった。
「けほんっ」
口から軽く火が出てきた。
体内の傷も、治ったようだ。
「はわー」
「お騒がせしました」
「安心しましたぁ」
久理子はほっと胸を撫で下ろし、そそくさと倉庫へと入っていく。
おそらく小鳥遊さんを回収しにいったのだろう。彼女は任せるよ、久理子。
「第四ラウンドといこうか」
幸鳥は悲鳴を上げる。
俺はおふだを拳に巻き付けて、幸鳥へ飛びかかる。
「燃えてきたぜ!」
幸鳥の羽攻撃は、左手で最小限に受ける。
痛い、そんでもって、熱い。
啄み攻撃が飛んでくる――一回、二回、それらを避けて、先ずはその頬に拳を一発ぶち込んだ。
痛そうで、そして悍ましい悲鳴を上げる幸鳥。
更にもう一撃――といきたいところだったが、幸鳥は翼を広げて上空へ逃げようとした。外に出たために、飛行を妨げるものは何もない。
このまま逃げられたら厄介だ、ここで蹴りをつけなくては。
飛行する幸鳥の首筋に向かって、俺は思い切り――噛みついた。
狂犬の如く、獲物をしとめにかかる獣の如く。
噛んで、ねじる。
肉に深く食い込み、ねじ込み、更に噛む。
悲鳴が聞こえる。羽ばたき、空へと逃れようとも俺の歯はその首から離れない。
やがて肉が噛み千切られる音が聞こえ、上昇から落下へと状態が変わる。
幸鳥の体勢が崩れ、頭から落下していく。
衝撃が、頭部に走る――数メートル上からの落下は流石に、衝撃も大きい。
落下と同時に、骨の折れる音が聞こえた。
幸鳥の首のあたりから主に聞こえてきたその音――命のこと切れる音でもある。
「ぺっ……ふー」
口内の血を吐き出す。俺の血じゃない、幸鳥の血だ。
幸鳥はぐったりしてぴくりとも動かない、首はあらぬ方向に曲がってしまっている。
おふだを体に張ると、幸鳥の体は黒い煙を発して見る見るうちに縮んでいった。
「こうして見ると、ただのニワトリだな」
縮み終えたその姿、まさにニワトリ、黒いニワトリ。
もう動かないだろう、念のために張ったお札だが、必要はないかも。
幸鳥の首を掴んで、一旦倉庫へと向かった。
「あった」
転がっているコウトリバコを回収する。
持ってみると、かなり軽い。
憑き物が取れたかのようだ。これは、あとで破壊するとしよう。今は、とりあえず久理子たちのもとへと向かうとした。
「冬弥っ」
「おう、終わったぞ」
近くの木陰にて、久理子と合流する。
「よかった、一時はどうなるかと思ったよー」
「ご心配おかけしました」
「いえいえ」
座って木に凭れている小鳥遊さんは、意識はまだ戻っていないようだ。
しかし顔色はそこはかとなく前よりいい。
彼女が目を覚ますまで、待つとしよう。
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