まさかのヒットマン

氷川省吾

拳銃でヒットマン

第1話 標的の根城

 シティホテルのエントランスホール。吹き抜けの天井には大きなシャンデリアがつるされ、柔らかい色の光で下の空間を満たしている。私は周囲をざっと見回した。客は親子連れ、カップル、スーツ姿のビジネスマン。

 探している相手は見つからなかったが、最初から期待はしていない。こんなところにのこのこ降りてくるはずもないのだ。

 空港からさほど遠くない所にあるシティホテル。それなりに高級で、これと言って特徴はないが、居心地は良いはずだ。マフィアから金を奪って逃げている連中が、ひとまずの逃げ場として選ぶには、まあ悪くないだろう。


 私がこれから尋ねようとする相手は、金を強奪した下働き2人と、彼らに声を掛けられた街のチンピラ4人。計6人。

 全員男で、年齢は20代半ばから30代半ばまで。名前は知っているが、面倒なので年が上の順からA~Fと呼んでいる。

 このような場所は今まで縁が無かったはずなので、来た時はさぞかし浮いていただろう。それゆえに見つけやすかったのだが。

 居場所は既に知っている。ホテルの最上階にあるスイートルーム6部屋。手に入れた金で豪華にやっている事だろう。私もこれからそこにお邪魔するのだが、その前に少しやる事がある。

 私は事前に頭に叩き込んでいたホテルの構造を思い出しながら、目的の場所に向かった。レストラン――の厨房に続くバックステージドアだ。


 マフィアが泥棒にちょろまかされたのは、彼らが主催する違法賭場の稼ぎ。現金にして2千万ドル。もちろん番号も繋がっていないバラ札だ。

 マフィアはこの収益金を地下銀行に預け、違法でない事業に投資することで、違法賭場の稼ぎを“汚くない金”に“洗浄”ロンダリングする。

 だが、表ざたに出来ない大量の現金であると言うことに、目をくらまされたバカどもが居た。賭場での上りが一旦集計されて、ひとまとめにして防弾の集金車で運び出されようとした時、下働き2人とチンピラ2人が銃を持って踏み込んできたのだ。

 その際にバカの1人がパニックになって、切り詰めた散弾銃を発砲した。

 散弾を頭に食らった会計人の1人が死んで、片肺を吹き飛ばされたもう1人が重態に陥った。気の毒なことに、彼もほどなくして死んでしまったが。

 そのままバカどもは金を強奪すると、地元から脱出してプライベートジェットで遠くに逃れた。

 やばいことをやらかしても、現場を遠く離れる事が出来れば、大抵は一安心だといえる。ただしそれは、相手が普通の人間だった場合の話だ。


 大事な儲けを掠め取られたあげく、それなりに忠実な手下を殺されたボスは怒り心頭に発していた。おまけに、ボスの頭は三下どもが考えていた以上によく切れた。

 ボスは知らせを受けた一時間後には、目撃証言を集めて犯人の目星をつけていた。

 そして、調査会社と組織のネットワークを駆使し、バカどもの最近の行動と、クレジットカードの使用歴、銀行口座の金の動きを把握した。犯行から三時間後には彼らの逃げ場を掴み、金を出して“知り合い”に到着先の空港を見張らせ、恐ろしいほどあっさりと、コソ泥どもを見つけ出した。

 アホらしいことに、泥棒どもは“盗品”をどこかに隠す事もせず、アタッシュケースに入れたまま持ち歩いていた。時間が無かったのだけなのか、それとも大金を手放すのが怖かったのか、頭が働いていないのか、真相は定かではない。

 ついでに、バラバラにならずに6人一塊で行動していた。実に分かりやすい。

 いずれにしても、大金を手にして逃げ切ったはずの連中だったが、飛行機から降りた時点で、既に地獄行きが決定していた。

 要するに、相手が悪かったのだ。

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