第24話 隠し事

「紛い物一人で何が出来る」


「あなたを倒します」


 多分神様を含めてここには友好的な人はいない。


 だったら尚更一人で残らないでみんなで対応した方がいいとは思う。


 だけど私は個人的な理由でここに一人で残った。


「紛い物って言うからには、私が仙人に鍛えられたのを知ってるんですよね?」


「そうだな。貴様は神童と同じ仙力を感じる」


 仙力。仙人の使う魔力のようなもの。


 普通の人には視認出来ないから暗殺に適している。


「師匠がたまに自慢してました。ここに居た時は持て囃されていたと」


「神童はこの山に来て二日で仙人に至った。普通なら何十年とかかるものをたった二日で」


 私も一度仙人の修行を体験したことがあるけど、一分と持たなかった。


 それを何十年も続けられるのもすごいけど、たった二日でそれを体得した師匠はもっとすごい。


「あれの弟子を名乗るか。その程度で」


「私が力不足なのは分かってます。だけど私には私にしか出来ないことがあるんです」


 距離を取ったら不可視の攻撃がくる。


 私には少しだけ見えるけど、完全に見える訳じゃない。


 だから近接戦闘を仕掛ける。


「近づけば攻撃が出来ないとでも?」


「思ってないです。師匠も近接戦闘は強かったですから」


 それでも不可視の攻撃に目を使わなくてよくなるだけで戦いやすい。


「一つ聞いてもいいですか?」


「答えるかは知らないが聞くだけならしてもいい」


(意外と優しいです)


 私がそう思うと嫌そうな顔をした。


「あなた達はなんでリクさん達を攻撃したんですか?」


「侵入者を追い払うのは当然だ」


「無害だったとしてもですか?」


「ここに自分を偽って入ってくる者に無害な者はいない」


 確かにその通りかもしれない。


「だって入れないじゃないですか」


「神とは本来会いたいからといって会えるものではない」


「それはそうですけど」


 正論過ぎて何も言い返せない。


「貴様らも自分の国に誰でも入れる訳では無いだろう。それにもし無断で入ったら締め上げる。それと何が違う」


「あなたは正しいです。確かに私達は侵略者で、あなたはその侵略者からこの山……いや、神様を守っている」


「それが分かるなら死して償え」


「お断りします」


 私はまだ伝えられてないことがある。


 それを伝えるまでは死ねない。


「私はともかくリクさん達は神様と話す権利があるはずです」


「やはり神の戯れか」


「リクさん達は完全な被害者。だからここに来たんです」


「たとえそうだとしても人がここに入っていい理由にはならない」


「わからず屋さん」


 分かって貰えるなんて思ってないけど、このままでは埒が明かない。


「あなたを倒してリクさん達が神様に会うのを邪魔させないようにするのが私の仕事です」


 私はそう言って仙人にクナイを投げる。


 そんなのは簡単に避けられて地面に刺さる。


「紛い物に倒される程落ちぶれていない」


「紛い物って言うのやめてください」


 私は近接戦闘を諦めて仙人の周りを駆けながらクナイを投げる。


「舐めているのか?」


「私はいつでも本気です」


 このクナイには私の少ない魔力と仙力が乗っている。


 だから当たれば相当のダメージにはなる。


「数打てば当たるとでも思っているのか」


「少し工夫しますよ」


 明後日の方向に投げたクナイに繋いだ糸を引っ張り仙人の死角から攻撃する。


「舐めるなと言っている」


 それも簡単に躱される。


「私には貴様の行動が全て分かる。仙人は人の心を読むなんて造作もないことだからだ」


「知ってますよ。師匠もそうだったから」


 だけどだからといって諦める訳にもいかない。


 私はクナイを仙人に投げ、その直後に仙人の背中に回り込みクナイを構えた。


 完全な挟み撃ち。


「これで終わりです」


「……だから分かるんだよ」


 私がクナイを刺す前に仙人は消えた。


 そうなると必然的に私が投げたクナイは私に刺さり、威力を上げていたから貫通して後ろの木に刺さる。


「かはっ」


「自滅か」


 仙人の力に瞬間移動がある。


 どうやらそれを使われたようだ。


「滑稽だな」


 仙人が私のことを見下ろす。


 まだ倒れる訳にはいかない。


 私はふらふらになりながら仙人に近づく。


「まだやる気か。諦めが悪いのは神童とは違うな」


 私が最後のクナイを仙人に刺そうとしたらやはり簡単に避けられ私はそのまま地面に倒れる。


「このまま放置しても死ぬだろうけど、神童にではないがその弟子には勝ったということで機嫌がいい。止めを刺してやる」


 仙人はそう言って私に手を向ける。


(これで全部終わり)


「そうだ、終わ……」


 仙人の手に集まった仙力が霧散する。


「どういうことだ」


「わた、しが、ゆいい、つ、つか、えるせん、じゅつです」


 師匠から教わったものは何一つ使うことは出来なかったけど、この禁術だけは使うことが出来た。


「これは書き換えか」


 私は仙力を少しだけ集めることが出来たから仙術も使えるはずだった。


 だけど少な過ぎたのか上手く使うことが出来なかった。


 魔法も同じ理由で上手く使えない。


 だから私は出来損ないの陰だった。


 だけど師匠のおかげで基礎はちゃんと教え込まれていたから、応用が出来た。


 これもその一つ。


 本来は仙力で陣を書くのだけど、私にはそれだけの力はない。


 だから少ない仙力をクナイに込めて陣を書いた。


 普段ならそれでも出来なかったけど、ここは仙力が溢れているからなんとか出来た。


「これを使えば死ぬことを分かって使ったのか?」


「は、い。これ、ならあな、たをふつうの、ひとにもど、せる」


「自分で言ったことだな。人がここに入ってはいけないと」


 私がこの陣で書き換えたのは『神や神に準ずるものに力を与える』というのを『神や神に準ずるものから力を奪う』にした。


 だから仙人は仙人でいられなくなる。


 少なくともこの山では。


「貴様の心は読んでるつもりだったんだけどな」


「じぶ、んのきも、ちをかく、すのはとく、いなんです」


 あと少しで私は死ぬ。


 その前にやらなきゃいけないことがある。


「少し離れていよう」


 仙人はそう言って私から少し離れる。


 仙人の力はもう無いのに私のやろうとしてることが分かるのだろうか。


 私は最近頑張って覚えた通信魔法を使う。


『ツム…か?』


 どうやら上手くいったみたいだ。


 ところどころ聞こえづらくなっているけど聞こえるならそれでいい。


『俺…さ、仙人と戦っ…たんだよ。それが急…普通の人に…ったんだ』


 どうやら私の最期の術はこの山全てにかかってくれたようだ。


『ツ…ギがやってく…たんだよな。あり…とう』


「シト、ラさん」


『な…だ?』


「大好きです」


 それだけ伝えたら通信魔法が切れた。


 私がずっと隠してきたこと。


 シトラさんが大好きということ。


 きっと誰にもバレてない。


 シトラさんの驚いた顔が見たかった。


 ずっとシトラさんを奇襲しようとしてた私を匿ってくれた。


 魔族の人がやって来て私に何か言うとそのことを怒ってくれた。


 私に沢山の美味しいを教えてくれた。


 シトラさんからしたらリクさんからのお願いだから仕方なくやってたことなんだろうけど、それでも嬉しかった。


 シトラさんはきっとヒバリ様のことが好きなんだろうけど、ヒバリ様はリクさんが好き。


 だから私がシトラさんをいただいてもいいですよね。


 だって初めてこんなにも人を愛したんですから。


 好きだと伝えたけど、もう私は死ぬ。


 でも伝えたいことは伝えたから悔いは無い。


(頑張ってくださいね)


 私の意識はそこで無くなる。




「なんて嬉しそうに死んでんだ」


 神童の弟子が完全に動かなくなったから近づいてみたらとても嬉しそうな顔で死んでいた。


 神童は先に仙人になろうとしてた俺を抜いて先に仙人になったから好きではなかった。


 仙人になってからの神童は適当にものをこなすだけの奴になっていた。


 挙句にはとある仙人に連れられてこの山を出ていった。


 神も興味はなかったようでこの山には俺を含めて二人の仙人しか残らなかった。


 だからそんな裏切りの仙人は嫌いだが、この弟子は自分の全てを使って俺や神の力を奪い、神の戯れへの道を作った。


 そんな弟子を嫌いにはなれなかった。


「せめて埋めてやるか」


 俺が弟子を運ぼうとしたら、背後にとてつもない力の圧を感じた。


「それを寄越せ」


「神、圧がすごくて動けないです」


「僕は機嫌が悪いんだよ。早くして」


 そうは言っても神の圧で潰れそうだ。


「この人間をどうするおつもりで?」


「質問とか許してないんだけど」


「俺的にはこの子埋めてあげた」


 死んだ。


 俺は多分死んだ。


 意識があるのは死んだことを自覚出来てないからだ。


「使えない、ほんと使えない」


 最期に神の呆れた声が届いた。


 そして俺は死を自覚する。

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