四十二、真実が、必ずしも良いものとは限らない
オコジョたちは派手に暴れている鬼灯を横目に、
主がどうなろうと知った事かということなのか、それとも命令がないから動かないのか、どちらにしてもそんな
意を決して、テンがその立派な尻尾を引っ張った。途端、ぎろりとその視線がこちらに注がれる。一瞬、お互いに目が合って時が止まった気がした。
「ど、どうも、はじめまして?」
「ちょっ、挨拶してる場合じゃないでしょう!」
「に、逃げるですっ」
テンが混乱したのか、丁寧に挨拶をしたのに対して、シンとハンは事態をすぐに把握して兄を引っ張る。しかしテンが
大きな体躯はすぐに白い影に追いつくが、彼らは途中からそれぞれ左右真ん中に分かれて走り出し、
後ろ姿はほとんど見分けがつかず、自分の毛を毟った犯人がどれかわからなくなってしまったのだ。
そうしている間に、それぞれが洞穴の壁にできた小さな穴にするりと入っていき、一匹、また一匹と見失ってしまう。
イライラしながら穴のひとつに前脚を入れてみても、途中で詰まってしまい奥までは届かない。
ひとつの穴に気を取られていると、違う穴から飛び出てきた白い影に気付いてそちらを追う。
違う穴に入ったと思えば、また違うところから白い影が出て来て、ちょこまかと走り回ってを繰り返すので、集中できなくなる。
(あまり期待はしていなかったが、上手くやってるじゃないか)
そんな様子を見ていた梓朗は、心の中でオコジョたちを褒めてやる。あの調子なら、
「これはこれは、ご挨拶ですな」
鬼灯の
「こりゃ驚きだ。まさかの無傷かよ」
『物質を構成する精力、つまり活動の源になる力がまさに
妖刀の
「なあじいさん、俺を憶えているか?正しくは、俺の宿主を、だが」
ひょっとこ面の小柄な老人は、はて?と首を傾げる。それからその手に握られた妖刀に視線を移し、自分の真下で咲いている氷の花を交互に見比べて、興味深そうに頷いた。
「
「その前の話だよ。それはどうでもいい。お前のくだらない恨みを買って殺された、
紫紋は「どうでもいい」と言われた方の話を聞きたかったが、鬼灯が訊ねている
それは、三上家の初代当主の名で、長い家系図の一番上に書かれており、
「そういえば、良く似ていますね、今のその器。あの美しく強かった"鬼姫"と、」
鬼姫?と紫紋は思わず繰り返す。初代当主は女性だったのか、と初めて知る真実に正直驚く。鬼より恐ろしく、誰よりも強かったという、伝説のようなものだけが残っていたので、てっきり男かと思っていたのだが。
「そうそう、思い出しましたよ。
鬼灯の表情がいつもの嫌味ったらしい余裕のあるものから、一変する。それは、憎しみと後悔と困惑と、色んな感情が混ざったものだった。
「あれは儂が用意した舞台だったが、あやつが死んだのは自業自得。儂の計画を邪魔するならまだしも、台無しにした代償は払うべきでしょう?」
「喧しい。その口閉じやがれ」
「まったく、話せと言ったり話すなと言ったり、我が儘ですね」
鬼灯と初代当主との間になにがあったのかは、わからない。きっと
この神は、どこまでも
鬼灯から流れ込んでくる感情は、紫紋も共有していた。そのもどかしさは、言葉では言い表せない。
「
「その話はいい。さっさと俺に殺されろ」
「強くなりたいと言うから願いを叶えてあげた、あの愚かな青年は、文字通り強くなって皆殺し。結果、一番守りたかった者に殺された。なんと愚かしい。
紫紋はその言葉で、すべてを悟った。記憶は戻っていない。けれど、わかった。鬼灯がなぜ真実を隠したのか。その理由を。
『······俺が、兄上を殺したのか。
真実を知れば、あの頃の自分は耐えられないだろうと思ったのか。それともただ話すのが面倒だったのか。鬼灯は口を噤んでなにも答えなかった。
「それにしても、三上家も鷹羽家も平安の頃に儂の恨みを買い、今、ここに同時に存在しているという偶然。深い
「それがすべて偶然だと本気で言っているのなら、おめでたい奴だな」
梓朗は肩を竦めて嘆息する。
「弥勒殿、飼い犬の躾がなってませんな。仮にも神と名の付く儂に、この態度。本来なら跪いて地に頭を付けるのが礼儀では?」
「その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。この
平良と識は、その梓朗のああ言えばこう言う態度に、もっとやれ! と心の中で煽る。正直、鬼灯とあの厄災の神の会話は聞くに堪えなかった。
(弥勒さんも来てたんっすね····って、わんこは平気なのかな?)
そういえば、と平良は辺りを見回す。そして奥の方でなにかとじゃれている姿を目にして、あれ? と首を傾げる。気のせいだろうか、ちらちらと目に入る白い物体、あれは····?
「オコジョさんたち?」
「え? 今なんて?」
瑞花が平良が何の気なく口にした言葉を、思わず訊き返す。
「え、あ、ほら、あそこの奥の方に、オコジョさんたちが、」
「あの子たち、まさか······私を助けに来たの?」
ちょこまかと奥の方で動き回り、あの
いや、ほっとしている場合ではない!
「って、いや、無理よ! あの子たちを助けないと! この檻、なんとかできない?」
「識ちゃん、なんとかできそう?」
「········やってみます」
識は氷でできた檻を見回し、ひと呼吸おいて答える。ただの檻でないことは確か。現に、瑞花が内側から何度やっても壊れなかった。できる保証はないが、やってみる価値はある。
平良と瑞花が見守る中、識はその両手に螺旋を描くように風を宿した。
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