三十三、繰り返す者
最初の印象は、口数が少なく、ひとりが好きそうな陰キャ。
次の印象は、人と関わりたくないのか、話しかけると周りの目を気にして、全力で視線を逸らす挙動不審な子。
その次の印象は――――。
とにかく、全部、こんな感じ。
クラスの奴らも関わらないようにしており、転校生の自分にも近寄らない方が良いと助言するくらいだ。その理由も現実離れしており、偶然が重なっているだけのように思えてならなかった。
その子は、とにかく運が悪いらしい。そしてその"不運"が周りの連中にとって"悪いこと"の象徴で、なにか悪いことが起こると、その子のせいなのではないかと疑わざるを得ないのだという。
担任の先生が階段から足を滑らせたのも、飼っていたペットが逃げ出したのも、課外授業がいつも雨なのも、友達と喧嘩したのも、その子のせいなのだそうだ。
(なにそれ、馬鹿みたい)
クラスの名前も良く知らない女子たちが、俺の机を囲って好き勝手話している。頬杖を付きながら、俺はその子の席に視線を向ける。ここからひとつ席を挟んだ先、今日も窓際の一番後ろの席で、ひとりで外を眺めていた。机の上には母親の手作りだろうか?小さな弁当が広げられているのが見える。
コンビニで買ったパンを口に入れながら、今度転校するなら給食がある学校がいいなぁと、心の中でなんの気なく呟く。
「ねーねー、奏多くん。奏多くんって好きな子とかいないの?」
「やだ、そんな直球で普通聞く?」
きゃっきゃっと喧しい声に、俺は面倒だと肩を竦め、この無意味な会話に終止符を打つ。
「いるよ。今もずっとその子のことを見てるんだ。だから、邪魔しないで欲しいな。君たちがいると、よく見えないから」
「えー!? 誰? ねえ、誰のこと?」
「気になる! どの子? あ、やっぱりクラスで一番可愛い、戸倉さんとか?」
誰それ? と俺は首を傾げるが、女子たちの中では勝手に決定されているようだ。それならそれで、別にいいや。
「想像にお任せします。昼休みもあと十分で終わっちゃうから、後はひとりにしてくれるかな?」
「あ、邪魔しちゃってごめんね!」
机の周りに群がっていた三人の女子は、クラスの中でも一番活発で人気のある子たちらしい。
転校初日から半年間、飽きずにわらわらと寄って来て、それに囲まれている俺は、男子たちに疎まれている事だろう。
小学三年。男子ならスポーツ万能、女子なら可愛くて明るい子が好かれる、らしい。
俺は席を立ちあがり、窓際の一番後ろの席のひとつ前の席に後ろ向きで座った。ここの席の主は、今は教室にはいないようだ。
「その弁当、食べないの?」
半分残っている弁当を指差して、俺はにっと笑ってみせる。母さん曰く、人の心を開かせるには、笑顔が一番らしい。本当かどうかは知らないが。
弁当の中身は意外にも冷凍食品の類がなく、すべて手作りのようだった。今までそんな弁当、見たことがない。
母さんはあまり料理が得意ではなく、頑張って作ってくれたものもオール冷凍食品。いつも仕事が忙しい両親で、食事はほとんどが外食かコンビニであった。
広いマンションに不満はないが、ひとりでいることが多いため、食事ほどつまらないものはない。
「鷹羽、くん? の弁当、美味しそうなのに、残したらもったいなくない?」
鷹羽平良。それがこの"俺、不幸背負ってます"という雰囲気を醸し出している同級生の名前。
他の連中の名前はよく憶えていないが、この子は目立つのですぐに憶えられた。茶色がかった金髪(自称地毛)は、小学生がするにはかなり勇気が要りそうだ。
大人しそうなのに、よくやるなーと感心する。本当に地毛なのかも?
「····別に、自分で作ったモノを残したって誰も怒らないだろ?」
「え?これ、自分で作ったの?すごいな」
マジか。すごく美味しそうなんですケド。
そして本人は、相変わらずまったくこっちを向いてくれない。俺の笑顔は、この子には効果がないのか?外ばかり見ていて、完全に無視まではいかないが、いない者と思われているようだ。
「······別に、すごくなんかない」
「じゃあこの卵焼き、食べてみていい?」
「··········は? なんで?」
ものすごく嫌そうな顔だったが、やっと目を合わせてくれたその子は、俺が弁当の中からひょいと卵焼きをつまんだのを見て、さらに「信じられない」という表情を浮かべていた。
「すごく美味い! 鷹羽くん、天才じゃん」
「ちょっ······声がでかいっ」
少し甘いが出汁のきいたそれは、お店で食べるのに近い本格的な卵焼きだった。
「え? もしかしてこの唐揚げも手作り?」
「そうだけど····食べてみる?」
その時の俺は、よっぽど物欲しそうな目をしていたのかもしれない。
弁当をこちらに押し出すようにすっと寄せて、今度は呆れたようにそう言った。俺は遠慮なく、可愛らしい赤いプラスチックの爪楊枝に刺さった、その唐揚げを口に運んだ。手作りの唐揚げなんて生まれて初めて食べた!
「やっぱり、天才!」
「だから、声っ」
周りの目を気にするその子は、俺の行動と言動に対してハラハラしているようだ。だけど、このめちゃくちゃ美味しい弁当を前に、声を出すなという方が難しい。
その日から、俺は前以上に、なんなら毎日、その子に話しかけるようになった。もちろん、周りの奴らは「やめとけ」とか「悪いことが起こるから近寄らない方が良い」とか、ありがた迷惑な助言をしてきたが、名前も知らない奴らの言い分など、正直どうでも良かった。
それよりも、鷹羽平良といる時間の方が、ずっと楽しかったのだ。後々、この時のことを本人に聞いてみたら、
「もう、俺に声かけないでって思ってたよ、」
って言ってた。ごめんね、しつこくて! でも、そのしつこさのおかげで、俺たちこうやって名実ともに親友になったわけだし!
けれど、小学六年になったばかりのあの雨の日————。
俺の目の前で、平良が死んだ。
横断歩道を並んで歩いていた時、なぜか急に平良が立ち止まり、しゃがみ込んだのだ。その
どうやらスニーカーの紐が解けてしまったらしい。青い傘を肩で上手く支えながら、左の靴紐を結ぶ姿があった。
その間にも雨の音がどんどん強くなる。
「
「ごめん奏多、先に行ってていいよ。まだ信号は青だから、大丈夫」
確かに信号は青。横断歩道の前で止まっている車も何台かあった。けれども俺が先に歩道の方へ渡り切った、その時だった。
タイヤがスリップする音が辺りに煩いくらいに響き渡り、そのすぐ後に、大きな衝撃音がした。
思わず振り向いた俺の視界に映ったのは、横断歩道の前で止まっていた車と、その対向車線から猛スピードで突っ込んできたトラックが、正面衝突をしている場面だった。
その間から雨と共に地面に流れている赤いモノに、身体が強張る。
持っていた透明なビニール傘がはらりと地面に落ちて、降り注ぐ激しい雨に身体が濡れていく。
車体から鳴る一定間隔の警告音。けたたましく鳴り響くクラクションの音。ざわざわと騒ぎ出した周りの声。救急車! と叫ぶ女のひとの声。誰か巻き込まれたぞ! という男のひとの声。
トラックと車の間。
赤く染まったそれは、それは――――。
俺の意識は、そこで途絶えた。
そして、次に目を覚ました時、俺は自分の部屋のベッドの上にいた。
驚いたことに手足が縮んでいて、鏡に映った姿は、明らかに数年前の自分だった。
しかも、カレンダーを確認してみれば、転校初日の一日前。
俺は、夢でも見ているのかと頬をつねる。痛い。間違いなく、痛い。
最後に見たあの光景を思い出して、込み上げてくるものがあった。記憶は小学六年生の時のまま、ここに残っているのに。
(これって······もしかして、タイムループってやつ?)
そう、俺は、三年前、つまり小学三年生に戻っていたのだ――――。
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