第13話 新たな依頼と厄介な騒動

 僕と師匠は一度帰宅して制服から私服に着替えると、すぐにまた0番街裏通りへ戻ってきた。

 着替えなければならない理由はすぐにわかった。

 こんな場所に高校の制服を着た人間がいれば大問題になる。

 いや、そもそも僕たち高校生がいるだけで問題になるのだけれど……。


「いやあ突然呼び出して悪かったね。来てくれて助かったよ」


 ここ、クラブ夢実ドリーミーの経営者の秋葉正さんが手を挙げながら現れる。


「こんばんは、正さん。あの、本当にいいんですか?」


 このクラブは十八歳未満入店禁止だ。店の出入口では入場者の年齢確認もしっかり行われている。しかし僕も師匠も未成年者でありながら裏口から入店させてもらった。


「ははっ。騙り部として秋葉一族の仕事で来てるんだ。君たちはなにも間違ってないよ」


 秋葉一族や騙り部は治外法権みたいな言い方をする人だ。

 そんなことあるわけないのに。


「すみません。今からでも他の騙り部を呼ぶことはできませんか?」

「それが……実人くんにお願いしたら君達以外に頼める人がいないと言われたんだよ」


 正さんが話してくれた騙り部一門の人手不足はよほど深刻らしい。


「それにほら、詠ちゃんは楽しそうに仕事してくれているよ」


 隣にいたはずの師匠がいつ間にかいなくなっていた。

 正さんが指さした方を見るとたしかに楽しそうにしている。


「あれって仕事してるというよりも遊んでませんか……?」

「ボクもそう思ったんだけど、すごく盛り上がってるから言い出し辛くて……」


 浮世離れした美貌を持つ師匠は、周囲を惹きつける魅力を放ちながら華麗に踊っている。

 今にも泣きそうな顔の正さんに対して僕は何度も頭を下げた。


「それじゃあ誠実くん。問題を起こしそうな人がいたら止めるだけでいいから」


 またサラッと言ってくれるが、僕に揉め事処理なんてできるだろうか。

 まあ、師匠が頼りにならないからやるしかないか。依頼人の期待には応えないと。


 暗い店内に派手な照明。腹の底まで響く軽快な音楽。クラブという空間に目と耳が少しずつ慣れてきた。師匠は中央のあたりで音楽に合わせて踊っている。歩けば肩がぶつかりそうなほどたくさんの人でごった返している。当然ながら若い男女ばかりが集まっている。


 田舎の秋葉市にこんなに若者がいたのかと驚くほどだ。世間では過疎化が進んでいると言われているのに、まるでそれが嘘のように活気と熱気にあふれている。


 夢と現実の狭間のような楽しい世界。クラブ『夢実ドリーミー』。

 正さんの想いがそのまま形になったような店。秋葉一族の分家だと悲観する彼もまた秋葉市のためにがんばっているらしい。そう考えると秋葉一族のために働く騙り部の気持ちも少しだけわかった気がする。


「痛っ!」


 気を抜いていたせいで人とぶつかってしまった。


「あ、すみません」


 謝った直後、思わず相手を凝視してしまう。あまりにも知人と似た顔をしているものだから。背丈も顔も髪形もまったく同じだ。暗くても見間違えようがないほどそっくりだ。


「なんだよ。あたしになんか用かよ」


 すぐに首を振って否定すると、女性は人混みをかき分けてどこかへ行ってしまう。


 いくら物覚えが悪いといっても先ほど会ったばかりの人の特徴や名前を忘れるわけがない。

 あの人は鏡淵真理さんだ。間違いない。


 服装はスカートからジーンズに代わっている。こういった場所だから着替えてきたのだろう。だが口調や態度があまりにも違いすぎる。まるで人が変わったみたいに荒々しく乱暴だった。


 気になってすぐに後を追いかける。しかし動くのが遅すぎた。辺りは当然ながら人、人、人。人の波がいくつも形成されている。背の高い師匠はともかく、小柄な彼女を探すのは難しい。

 それでも人の波を泳ぐように進んで行くと、知った顔を見つけられた。


「誠実! どうしたの?」

「師匠! 真理さんを見ませんでしたか?」


 空間全体が大音響に包まれているので大きな声で話さないとよく聞こえない。


「見てないよ! 真理さんがどうかしたの?」

「さっき会ったら別人かと思うくらい性格が変わっていて……ちょっと怖いくらいでした」


 最初は肩がぶつかったから怒ったのだと思った。普段はおとなしい人でも小さなことで激怒してしまう人はいる。人は見かけによらないものだから真理さんもそうなのかもしれないと。

 だが時間が経って冷静になると、やはり別人だったのではないかという疑問もわいてくる。


「なにすんだてめぇ!」


 流れる音楽よりもはるかに大きな怒声が聞こえてきた。店内奥にあるバーカウンターからだ。そこから人を押しのけるように誰かがやってくるのが見える。


「おい! 捕まえろ!」 


 再び男の怒鳴り声が響く。しかしその願いは誰にも届かなかった。

 ほとんどの人が相変わらず談笑したり踊ったり楽しい時間を過ごしている。


「どけぇー!」


 今度は女性の怒鳴り声。

 それは人混みを無理やり押しのけて進む人が発しているらしい。


 男女の悲鳴や怒声が各所で起こる。

 正さんが事態を収拾しようとしている中、その女性が店を出ようとするのを見逃さなかった。

 師匠と僕はすぐに裏口から出て先回りする。


「待ってください!」

 夜の街へ逃げこもうとする小さな背中に声をかける。


「こんなところでなにをしてるんですか。真理さん」


 街灯が小柄な女性を照らす。

 足を止めたその人は、ゆっくりとこちらを向いた。


「なんだよあんた達か。高校生がこんな時間にクラブなんて来ていいのか?」


 やはり真理さんに間違いなかった。

 口調も性格も昼間会った時とはまるで違っているが、あの人以外にあり得ない。


 いったいなにをやらかしたのだろう。

 男性の怒鳴り声が聞こえたからナンパされて怒ったのか。それでケンカに発展しそうになって逃げてきたのかもしれない。

 しかし、真理さんが手にしているものを見て別の可能性に思い至った。


「それはなんですか? 見せてください」

「あんた達には関係ないだろ」


 真理さんは右手に持っていたものをジーンズのポケットに隠す。


「坂爪日佐子さんを知っていますね?」

「誰だそれ。知らないな」


 師匠に聞くまでもない。この人は嘘をついている。


「知らないはずありません。あなたの悩み相談を利用している女子高生じゃないですか」

「これでもあたしは忙しいんだ。一日に何人も来る相談者の名前なんて覚えられるかよ」

「隠したものを見せてください」

「しつこいな。あんた達には関係ないって言ってんだろ!」


 真理さんがこちらをにらみつけながら後退する。僕は目を離さずに前進する。

 先ほど隠した透明な小袋の中に白いものが入っていたのが見えた。おそらく錠剤だろう。


「さっきの男から買ったんですか。心も体もスッキリする薬。いえ、違法薬物を」

「なんのことだか知らないな。見間違いだろ」

「たしかに間違えました。本当は金を払わずに薬だけ奪ってきたんですよね?」


 男は「捕まえろ!」と怒鳴った。薬の売買が正常に成立していたらあんなことは言わない。危険な取引なのだから他人に気づかれるわけにはいかないから。薬を渡して金を受け取ったらなにも言わずに立ち去るのが自然だろう。


 それなのにあんな目立つ行動をしたのはなぜか?


 いくつか可能性はあるけれど、取引が失敗したと僕は考える。それも最悪な形で。

 あの男、売人にとっては金を得られず薬だけ奪われるというのが最悪ではないか。


「あんたらには関係ないだろ。子どもはさっさと帰りな」

「僕たち騙り部一門は秋葉市のため、秋葉市民の幸福のために動いています。だから街や人を不幸にすることは許しません。でも、それをこちらに渡してくれたら今回だけは見逃します」

「断る。これはあたしの問題だ。もうこれ以上関わるな」


 互いに主張を譲らないまま睨み合う。夜の冷たい風が吹いても視線は外さない。


「あれあれ?」


 間の抜けた声のせいで緊迫した空気が一瞬にして崩れてしまう。そのせいで僕と真理さんの視線は集中力といっしょに切れた。だが師匠の言葉は途切れることなく続く。


「あなたは誰ですか?」


 今度は意識まで切られたような感覚になる。痛みも苦しみもないのに衝撃だけは感じる。


「は? なに言ってんだ?」

「あの、師匠。なにを言ってるんですか?」


 困惑の表情を浮かべる僕と真理さんとは対照的に師匠が笑顔を浮かべて口を開く。


「初めまして。私は騙り部。嘘しか言わない騙り部です。この街で起きる奇怪な出来事を嘘で解決することを生業としています。私のことは騙り部と呼んでください」

「だからなに言ってんだよ。あたしとあんたはもう……」

「いいえ。初対面ですよ」


 いくら師匠でもこの状況で嘘や冗談を言うとは思えない。

 だから本気で言っているのだ。


 この人は真理さんではないと。

 しかし、それならいったい誰なんだ? 

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