第3話 定年退職した男性の場合

 定年を迎えて数年。

 定年を機に、妻とは熟年離婚。家庭を顧みなかったせいか、子どもたちも帰ってこない。一人寂しく、家で何もすることない日々を送っている。

 テレビでは昼のワイドショーが流れている。内容は「オレオレ詐欺の被害について」「デジタル化が進む今、AIと人間の共存は?」「定年退職の夫を襲う孤独、新しい人生を切り開く妻」……妻もこれを見て日がな過ごしていたのだろうか。

 その時電話がなった。定年前に買ったスマホは、ガラケーばかり使っていた私にとってはよくわからないもので、あたふたしながら電話をとる。

 外に出ても見知らぬ機械を操作しなくてはならず、出来ない自分が恥ずかしい。世の中の全てから置いていかれている気がした。色んなことが出来ていた昔に戻りたい。


「はい。もしもし」

『私、メリーさん』


 聞き慣れない声と名前だった。知り合いにそんなにハイカラな名前はいないはずだ。

 とそこで、はっ! とひらめいた。

 そうか、これがさっきワイドショーで言っていた、




「『メリーさんメリーさん詐欺』だな!?」

『はっ?』



 すっとぼけても無駄だ! ジジイだからって見くびるな、騙されないぞ!


「うちには金目のものなんてないからな! 年金はほとんど元妻の慰謝料に消えとるし! 家を売っぱらっても老人ホームに行けるかどうかもわからんし! 子どもたちには嫌われとるし!」


 久しぶりに誰かの声を聞いたせいだろうか。積年の想いをぶちまける。


「金を借りるような友もおらんし! 近所づきあいもろくにできんし! 病院やコンビニに居座ったら出禁にされるし!

 こんな哀れな老人に搾り取るような金はないぞ! ツボも水もサプリメントも買わんからな! 」


『……えーと、とりあえず、そっち向かうわね』


 電話が切れた。





「そうして私は、メリーさんと友達になった。メリーさんに教わって、今ではすっかり、スマホの使い方もわかった。L〇NEの使い方もわかった。

 家でやることが無くなったと言ったら、『時間があるなら、家事を極めてみたらどうかしら』とアドバイスしてくれてな。今はナチュナルクリーニングで掃除するのが楽しいぞ。理科の実験のようでな。今度うちに来てくれたら、きっとビックリする」

 そう言うと、テレビ電話越しの息子が、なぜか目元を抑えながら、震えた声でこう言った。


『親父……メリーさんだなんて、やっぱり認知症なんじゃ……』

「なんでそうなる」

『ごめん親父……まさか、幻聴や幻覚も見るようになったなんて……近々そっちに行くから』

「そんなに私に友人ができたことが変か!? なあ!? 私一人でデジタルが扱えるわけないだろ!? 言ってて悲しくなった泣くぞ!?」

 違う、そうじゃないんだよ、と息子が頭を振るけど、なにがいいたいんだうちの息子は。

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