放課後のテネシティ

波津井りく

第1話 紛失

 最終下校時刻を告げるチャイムが鳴るまで粘っていた図書室を出て、俺は昇降口へ向かった。階段を下りる途中、やけに派手な色彩が視界の隅に入って目を向ける。


「わ、懐かしいなー。ピグモンだ」


 摘まみ上げた小さなストラップは、もう何年も前に放送終了したアニメのキャラだった。つぶらな瞳の豚を可愛くデフォルメしたモンスター。

 このストラップは確かガチャの景品だったはず。俺も同じシリーズのストラップを未開封でコンプしている。


 小さい頃にド嵌りして、小遣いのほとんどを関連商品に注ぎ込んでいたもんだ。

 一時期狂ったようにチョコとウエハースばかりおやつにしていたっけ。おまけ欲しさに平らげたお菓子の数なんて覚えちゃいない。


「はー、めちゃめちゃ懐かしい。ピグモン、最終進化形態が妙に綺麗なモン娘だったっけ」


 懐古に浸りつつ、この落とし物をどうしたもんかと思案する。


「とりあえず職員室に……」


 小さいのでポケットに入れて、拾得物を届けに行くことにする。階段を下り切ろうとしたタイミングで、急に誰かがぬっと現れた。


「ぅあ!?」


「あ、ごめん」


「いや……こちらこそ」


 ──びっっっっくりしたわ!!!!!!!


 心臓が凄まじく跳ねた。ぶつかりそうになったからだ、仕方ない。

 決して、現れた女子生徒がクラスメイトだからでも、フラミンゴピンク頭のギャルだからでもない。昔々その昔、幼稚園児時代の俺の初恋の相手だから……というわけでも、ないような、あるような。


「伊藤、今帰り? さては補習?」


「いや、そこまで悪い点取ったことないけど。普通に図書室で本読んでた」


「へー。文学少年じゃん」


「浜路こそ帰宅部なのにこんな時間までどうした?」


「ちょっち忘れ物でぇ。ていうか帰宅部って知ってんのなんで?」


「いや、逆にその髪で入れてくれる部活なくね?」


「まーね。にしても伊藤いやって言い過ぎ。口癖過ぎ」


「え!? いや、あー……そうかも」


 他愛ない会話をしている最中にも、割かし心臓が破裂しそうでしんどいのだが。

 放課後をフルに図書室で過ごす陰キャオタクには、ギャルと話すことでしか発生しないストレスがある。加えてちょっと微妙に意識してしまう過去の思い出と相俟って……猛烈に、居心地が悪い。


「じゃ、アタシはこれでー」


「じゃあな」


 笑って別れることが出来て安心した。自分と違い過ぎる人種ってどこに謎の地雷があるか分からん。急にキレられると困る。


「……昔は引っ込み思案なくっつき虫だったのに、月日の流れは残酷だなぁ」


 遠い過去の初々しい思い出に蓋をして、俺はいつも通り徒歩で帰宅した。ストラップのことはいつの間にか綺麗に忘却の彼方へ追いやったまま。



***


 四方八方に溢れるおはようの声を聴き流しつつ、俺は普段と変わらぬ時刻に登校した。階段を上ろうとして、その人だかりに気付く。


「なんだ?」


 壁に目を向けている何人かが口々に言葉を交わし、首を傾げている様子。


「兎かな」


「蛙じゃね?」


「ピンクの蛙ってなんだよ」


「さあ?」


 一頻り言い合った後、人だかりが移動したので俺もそこに目を向けた。壁にはやけにキラキラしたペンで書かれた探していますの文字。ラメの自己主張力凄いな、肝心の内容が頭に入り辛いレベルの派手さがある。


「なんだこれ」


 でかでかと丸いピンクの……漫画肉?


「なんのチラシだよ」


 ルーズリーフをそのまま使った謎のチラシの下には、情報求むとフリーメールのアドレスが書かれていた。真剣に何かを探していることだけは伝わって来る。


「この謎の絵が謎過ぎて微塵も分からん。ボンレスハム? 豚肉っぽさが……あっ」


 その時俺は思い出した。ポケットに突っ込んだままのストラップの存在を。


「もしやお前か!」


 多分きっとそう。こいつの持ち主が健気にも手作りのチラシまで用意して探していたとは。余程大事な品なんだろう。


「これを無視するのは人としてあれだわ……」


 スマホのメール画面を開き、メアドを手打ちして一旦保存する。

 拾いました、職員室に届けておきますと昼休みに報告すればいいだろう。


「……やべ、チャイム!」


 メアドの手打ちはどうにも時間がかかる。予鈴が鳴るのに肝を冷やし、俺は教室に駆け込んだ。

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