第20話 三月一日はファミリーファーストの日(伊藤家シリーズ)

 「ライオンズマンション」で知られ、マンションの分譲、不動産販売、都市開発などを手がける株式会社大京が制定。

 家族想いの象徴としてライオンのブランド名を掲げる同社は、いつも「家族の幸せを第一に」と考え、商品やサービスの提供を心掛けている。そんな「Family First」(ファミリーファースト)の気持ちの大切さを広く伝えるのが目的。

 日付は「Family First」のブランドタグラインを初めて(一)立ち上げた三月(三)と、家族みんな(三)のことを一番(一)に想う気持ちの語呂合わせから。



「ただいま! 今日の晩御飯は何?」


 長男の康介が帰って来てダイニングに顔を出した。次男の俊哉はもう帰ってきているので、後は夫を待つだけだ。


「今日はお父さんが外食に連れて行ってくれるから作ってないの。もうすぐ帰ってくるから、康介も着替えて出れる準備しておいてよ」

「よっしゃー! 今日は久しぶりの外食か、ラッキー!」


 滅多に無いことだからってガッツポーズして喜ばないでよ。毎日晩御飯作ってる私に喧嘩売ってるのか。


「ねえ、今日はどこに食べに行くの?」


 準備を終えて部屋から出てきた俊哉が、期待に満ちた目で私に聞いて来る。


「それは聞いて無いわ。もうすぐ帰ってくるから分かるよ」

「食べ放題じゃない焼肉とか、回らないお寿司とか?」


 康介まで目を輝かせてそう聞いて来る。


「あんた達、ハードル上げ過ぎて、後でガッカリしないでよ。お父さんのお小遣いで連れて行ってくれるんだから、豪華な食事って決まった訳じゃ無いんだよ」

「分かってるって、俺達も大人の対応するから」


 康介はそう言うが、本当に分かっているんだろうか?


「でも、わざわざ平日に行こうって言うんだから、きっと豪華な食事じゃないかな」

「きっとそうだよな」


 俊哉の言葉に康介が同意する。やっぱり分かって無いじゃないの。


「ただいま」


 そんな話をしてたら、夫が帰って来た。


「お帰り!」


 珍しく息子達が声を揃えて夫を出迎える。


「お帰りなさい。着替えてから行くでしょ?」

「いや、みんな用意が出来てるみたいだし、俺はこのまま行くよ」

「行こう行こう!」


 息子達のハイテンションが気になったが、とにかく車で出発した。


「ねえ、何を食べに行くの?」

「お前たちの好きなものだよ」


 俊哉の質問を夫がはぐらかす。


「教えてくれたって良いだろ」

「行けば分かるって」


 康介が食い下がっても、夫は口を割らない。余程自信があるのか?



 車で二十分ほど走って、着いた場所はどこにでもあるファミレスだった。


「よし、着いたぞ」


 私は着いた瞬間に後部座席の二人を見た。明らかにテンションが下がっている。

 私は二人に小さく首を振って、ガッカリするなと合図を送った。二人は私の意図を理解したのか、お互い顔を見合わせた。


「昔はよく来てたよな。二人とも大喜びで。今日は何を食べても良いぞ」


 夫は楽しそうに先頭を歩く。息子達はその後ろを肩を落としてついて行く。

 そう言えば、昔は外食と言えばファミレスだった。和食でも洋食でもいろいろメニューが充実していて、家族で行くのにはちょうど良かったんだ。最近は、みんなの休日の予定が合わずに外食に行く機会が少なくなっていた。たまにしか行けない分、もう少し贅沢な所を選んでいたからファミレスは久しぶりだった。


「さあ、何を食べる?」

「俺、ハンバーグセットで良い」

「あっ、俺も」


 康介に続いて、俊哉もあっさりと決めた。


「もっと高いのでも良いぞ。ステーキとかもあるぞ」

「ファミレスのステーキか……ハンバーグセットで良いよ」


 俊哉が低めのテンションでそう言った。康介も特に注文を変えようとはしない。


「私は彩御膳にするわ。凄く美味しそうだし」


 私は努めて楽しそうにそう言った。


「あっ、それ美味しそうだな。俺もそれにしよう」


 全員の注文をタブレットに入力して料理が来るのを待つことになった。


「今日はどうして、平日に外食に行こうと思ったの?」


 なぜ突然家族を外食に誘ったか分からなかったので、私は夫に聞いた。


「今日はファミリーファーストの日だからだよ。最近外食に行って無かったからちょうど良いと思って」


 夫なりに家族のことを考えてくれたんだ。その気持ちを考えると、余計に楽しい食事にしたいと思った。


「そうだったんだ! 二人とも、今日はファミリーファーストの日なんだって。外食出来てラッキーだったね!」


 私はテンションが低い息子たちに話を振った。だが、返って来たのは「そうだね」って気の無い返事だけだった。

 結局その後も私はみんなに話し掛けたりしたが、その努力の甲斐なく盛り上がりに欠ける食事が終わった。



 その夜、布団に入って寝ようとしたら、横に寝ている夫が話し掛けて来た。


「子供達はファミレスでガッカリしたのかな……」


 低いトーンで、私に聞くともなく呟いた。


「そんなことないと思うよ。喜んでいたじゃない」


 私は心にも無いことを言った。嘘も方便って言うし、夫も喜んでいたと思ってくれれば良いと思った。


「二人がまだ小さい頃、ファミレス行って凄く喜んでくれてたのを思い出したんだよ。俺はその時に、家族って良いなって思えたから、今日あそこに食べに行ったんだ。でも、もう二人も大きくなったんだから、昔と同じって訳にはいかないよな」


 夫が寂しそうに話すので、私まで切なくなってしまった。親として、小さかった子供の記憶は何にも変えられない宝物だから、もう一度再現したくなった気持ちは理解出来る。


「成長して大きくなったけど、二人とも中身は変わって無いわ。いつまでも私たちの子供よ」

「そうだな……」


 夫はそう返事をすると、そのまま眠ってしまった。



 翌朝、夫が出勤した後に、息子たちに昨晩の夫の言葉を伝えた。


「そうだったんだ……お父さんに悪いことしたな」


 康介は素直に反省している。


「嘘でも喜ぶ振りをすれば良かったね」


 俊哉も反省してくれてるようだ。


「二人がそう思ってくれてるなら、良かった。今日お父さんが帰って来たら、昨日は嬉しかったって、さりげなく言ってみたら」

「うん、そうするか」

「あっ、康ちゃん、それよりもっと良い方法があるよ。あのね……」


 俊哉のアイデアは面白いと思った。みんなでそれをやったら、夫も喜ぶと思う。



「ただいま」


 夜になり夫が帰って来た。


「お帰りなさい!」

「どうしたんだ、三人で」


 三人そろってお出迎えしたので、夫は驚いたようだ。


「お父さん、昨日はありがとう!」


 三人そろってお礼を言い、手に持った画用紙を差し出した。


「なんだ、これ?」


 夫は一人一人の画用紙を広げて、描いてある絵を眺めた。


「み、みんな……」


 夫は泣きそうになって、声を詰まらせた。

 画用紙には、それぞれが夫の似顔絵を描いてあったのだ。

 昔、夫が家族サービスをしてくれた時には、子供たちが感謝の気持ちを込めて似顔絵を描いてくれていたのだ。今回はそれを再現してみた。調子に乗って、私もフューチャリングしてみたけど。

 その後、今日は私の手料理を家族全員で食べた。昨日と違って楽しく会話しながら。

 私は良い夫と良い息子たちに恵まれて幸せ者だと思った。

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