聖女もどきのお菓子な婚約

岩名 理子

序章 異世界転移


仄かに暗くなり始めた下校時刻。

校庭の傍を長い黒髪の美少女が歩いていた。

「葵、今帰るところ?」

声をかけた少女は、葵と呼ばれた美少女の背中を軽くたたいた。


「紗良」

人見知りをする、地味な紗良とは正反対の二人が並んだ。

幼稚園、小学校、中学校……。

腐れ縁というほど仲の良さが二人の間にはあった。


「そうよ、一緒に帰りましょ」

葵の誘いに紗良は二つ返事で頷く。

先ほど料理部で作ったばかりのお菓子をカバンから取り出した。


「ふふ、今日はね……クッキーを焼いたんだ。なんとバニラエッセンスを持参したの。だってさ、部室にあるやつ……賞味期限が切れてたんだもん」


不満そうにいいながらも、紗良の手元から風に乗った甘い香りが鼻をくすぐった。

おもわず葵の顔もほころぶ。


「美味しそう、ねえ、私にも一つちょうだい」

嬉しそうに葵が声をかけた瞬間のことだった。


葵の足元が青く光り輝き、見慣れぬ文字が舞いあがり細く線のように回転しはじめた。

瞬く間に光る文字が葵を包み込み、やがて床へと広がった魔法陣が完成した。


「「ええっ!?」」

二人が驚くのも無理はない、魔法陣が光る、ぶ厚いコンクリートの地面へと葵を沈ませはじめたのだ。慌てて紗良は葵を助けようと手を伸ばした。


「捕まって!」

しかし、葵は容赦なく魔法陣へと吸い込まれ続ける。


葵を包む光はついに紗良をも飲み込み、静かに二人は”現代”から完全に消失した。

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