実験 あるいは地獄の運命

〈内窓からの眺望 ある町の玄関口の光景〉


──── Chère lectrices,親愛なる cher lecteurs読者諸氏

徘徊中の脳に届く光の骨を微塵に砕いて

のラプラスの悪魔に捧げましょう!

アーメン アーメン……

(町の人々の唱和

 入り交じる夢の旅人たちの声)


───※───※───※───※───※───※───※───


〈同町の片隅にある小屋にて〉


……ああ お目覚めですかな?

私は今 ある方程式を眺めておりましてね

春風に乗ったEVElevated Voodoo車が

果たして人間ヒトの運命を運べるか?

(ええそうです 運命とは

 「『命』を『運』ぶ」と書くのですぞ!)

まあ それを実験しておるわけですな

かつて…… ええと あれは何でしたか

……ああそうそう

魂のエントロピーの爆発的な増大が

自由Libertiesの卵を外側からち破ったことが

私の若い時分にありましてねえ

夕暮れ時には いつも

透明なカラス詩の残飯を

嬉々としてついばむような

まあ そんな長閑のどかな時代でした

さあ そこで

この史実を 左辺に置くわけですが

……おやおや 方程式の話ですぞ

お忘れになっては困りますなあ

さては アレですかな

ヴァイオリンのE線が蝙蝠こうもりを真似て

精神の内でやかましく叫んでおるとか?

……まあ それなら仕方ありますまい

人間ヒト何歳いくつになっても

mèreなるmerを追い求めるものですからなあ!

──── しかし 我々は今

例の方程式について 小高い丘の肌に

ようやく足をかけ始めたところ

と まあ こういうわけですから

もう少しお付き合い頂けますまいか?


(沈黙の鐘が三度みたび鳴る)


……ほう 宜しいと!

いやはや そいつはありがたい!

それでは続きを申しましょう ────

つまり 全てのclé

賢人the cleverが握っておるのですよ

それは他でもない Mr. C. C.

……世界の曲がり角を曲げに曲げた大航海人

クリストファーキリストを運ぶ者・コロンブス!

卵を立てた 名の有るパイオニアですな

かれの遺したコインの裏には

時代の壁を叩き割ってやって来た

太古を確かに生きたイエスの鮮血

モラルの蜘蛛の巣も真っ青なほど

それはもう ビッシリと!

ええ 直にこの目で見ましたよ

あたかもオリンポス山に注がれた蜜蜂の溜め息が

いつしか塊となり やがてガーネットになって

この町の商人たちの手に渡り

大特価で売られ

人々が殺到しておるようなもんですな

そして これこそ

我々の方程式の ────

おっと 今度は覚えておるでしょうな?

……で その右辺に設けるべき函数の役割を

大コロンブスのコインが果たすわけです

一雫ひとしずくの勇気の仕草 ────

或いは 意識の大海のどこかに沈む

の罪深きカインの後悔のように!


───※───※───※───※───※───※───※───


〈同時刻 遠く離れた洞窟の中にて〉


この狭い闇は またいつものように

辛辣な無毒ブラックジョークを吐きながら

私の凍てついた精神に

装飾を忘れられた終幕のとばり

一杯の温かい卵スープを恵んでくれる


外の世界には

「時間」という名の滝があって

人間ヒトは生まれながらにして

それに飛び込まなくてはいけないらしい

人々が それを

恩寵おんちょうと呼ぼうが 緞帳どんちょうと呼ぼうが

今さら もう どうでもよいことだ

あの日 あの時

しゅにハンカチを振られた この私には


嗚呼 ふと思い出す

遠い昔 ある町に生きた

吟遊詩人のうたった素朴な歌 ────

  

   重ねた知識の毛布

     幾ら重ねても薄すぎて

   光と熱の道の上

     快く眠れる者などいない


紫色の雷鳴が道徳の山麓に轟くのを

私は独り この洞窟の中で聞いている

 あれからどれくらいの星が生まれ

 そして 死んでいったのだろう

そんなことを考えていると

我が親密なる闇の手によって

真白い画布に描かれた空中庭園の

無数のとげを忍ばせる薔薇の辺りに

誰かの魂の心臓の

パチンとはじける音がした


おお 我が洞窟の闇よ

本当に お前のせいなのか

生まれるということ 生きるということ

得体の知れない この

何とも 幸福な 息苦しさ


 精一杯の喃語なんごで積み上げた誇りも

 社会の炉に為す術もなくくべられてゆく……


この洞窟から踏み出せば

空は 今でも きっと

涙の色をしているだろう

だから 私は

残虐なる私の心は

いつまでも お前と共にあるのだ

──── 闇よ! 我が永遠の

幸福の如き地獄の 全き地獄の運命よ!



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