[謁見]
午前8時。
黒塗りの高級車が
出迎えるのは楊来翁の側近、
「お待ち申し上げておりました」
後部座席から降りて来た重厚さを身に纏う年配の男にうやうやしく礼をする。
「御苦労、宜しく頼む」
「では、どうぞこちらへ」
菱洋の言葉に頷き、男はおもむろに歩き出した。
***
某大臣の座におり次期総理に近いと称される人物のひとり。
楊来翁との縁が生じたのは15年ほど前、とある財界の大物の秘書をしていた頃のことで、それを機に政界入りをした。
三堂が政治家になることでのメリットを考えたその財界人の強い勧めによるものである。
『
自らの背中を押したボス──財界の大物──のその言葉通り、初当選をしてからの三堂は倍々で支持者を増やし破竹の勢いで政界での存在感を強固なものにしていった。
そして今、頂点である総理の椅子を確実に手中に納めるため、楊来翁の元を訪れて来たのだった。
***
「三億、ございます」
同行した三堂の第一秘書、
「まずは確かに。で、
ケースを開け中身を確認した菱洋が感情が読み取れない冷んやりとした表情で言う。
「総理就任の
「いけませんな」
「!?」
「いけません」
にべもなく否定を発した菱洋の鋭い視線が賀沢を見据える。
それはいかにも冷徹で容赦のない凝視。
賀沢の表情が一瞬にして
菱洋が言い放った『いけません』の意味を今、最大限に汲み取れなければ、仕える三堂の立場と野望が
(先の三億と
「では──」
「・・・・」
「総理就任の
「
「ありがとうございます」
うっすら口角を上げた菱洋の表情に、賀沢は内心ホッと安堵した。
***
控えの間と廊下を挟んだ向かいの応接室。
楊来翁を頼り訪ねる者たちにとっての"謁見"の間である場に今、三堂孝之介は緊張感を漂わせながらソファーに座り主の入室を待っていた。
「お待たせをした」
やがて楊来翁が現れると三堂は立ち上がり深々と一礼をした。
「本日は御時間を頂戴し、誠に恐縮に存じます」
「お掛けなさい」
「はい、失礼致します」
楊来翁に着席を促され、三堂は再びソファーに腰を下ろした。
「早速だが──」
「はい」
楊来翁の一種の妖気にも似た特異な雰囲気に気圧されながら、三堂は言葉を一言も漏らすまいと真剣な眼差しを向けた。
「
現時点での三堂の最大の敵だ。
「水面下の動きの全ては読み切れておりませんが、力量は侮れないと実感しております」
「ふむ・・・・なるほど古神道か」
「?」
「路川の背後、なかなかに働いておる」
「と、申しますと──」
「三堂孝之介の名を記した古神道の呪符が見える」
「えっ」
一瞬、三堂の息が止まった。
呪符?
つまり路川が自分に術を掛けている?
日本古来からの古神道を使い──背筋に冷たいものが走った。
その様子を眺め、楊来翁が口を開く。
「安堵せよ。我が既に見抜いたゆえ効力は失せる。さらに
「・・・・はい」
「古来より権力の争奪に術は付き物。何をもってそれを執り行うか、力比べじゃな」
「・・・・」
無言で頷く三堂。
望むものを手中に納めるために大なり小なり何かしらの願掛けをする者は多い。
が、一国のトップの座を勝ち取るためともなれば各自の願掛けも生半可なものではないだろう。
「さて、三堂」
「はい」
「これより厳守の
そう言い立ち上がった楊来翁に続き三堂も立ち、威厳漂う背中に目をやりながら別室へと歩を進めた。
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