[紅奇面]

生天身きてんじの反応はどうじゃ?」


 揚来翁ようらいおうの重々しい声が室内に響く。


「はい、動揺を与えました。ただ──」

「ただ?」

「歯向かう念も」

「道治郎とめらり、じゃな?」

「はい」

忌々いまいましい背徳者めが!」

「・・・・」


 側近の華山菱洋かざんりょうようが揚来翁の怒りに動じず次の言葉を待つ。


時玉じぎょくを呼べ」

「はっ」


────────────────────


 灰色がかった神秘的な瞳、透き通る白肌。

 中性的雰囲気をまとい、物静かな佇まいの奥に得体の知れない妖気を潜ませているよわい18の少年、華山時玉。

 菱洋の息子。


「揚来翁様、御用命でしょうか」

「うむ」

「なんなりと」


 背筋を伸ばした正座姿で揚来翁を真っ直ぐに見据える。 

 凛としたオーラが放たれている。


くうの結界は破れたのじゃな?」

「はい」

「では屋敷の鬼門はどうじゃ?」

「"手"を置くには至りましたが突破は叶いません」

何故なにゆえ?」

日八木ひやぎの術がはばみます」

「日八木か・・・・お前が用いた術は?」 

「波動技刀を用いました」

「ふむ、紅奇面のそれを弾くとは・・・・日八木、憎々しく手強い奴じゃ」

「・・・・」


 揚来翁はしばし腕組みで沈思黙考し、やがて口を開きひと言。


「次の一手は?」


 端的かつ威圧を与える言葉に時玉は芯のある引き締まった声で答えた。


「紅奇面の奥義、炎斬業行えんざんごうぎょを用います」

「なんと、既に体得しておるか」

「はい」

「ならばまかす。菱洋よ、おのが子は大したものじゃ」 

「はっ、恐れ入ります」


 配下を誉めることの滅多にない揚来翁からの言葉に、華山菱洋は深々と頭を下げた。

 

「時玉」

「はい」

「日が迫っておるゆえ、くれぐれもな」

「かしこまりました」

 

 時玉の瞳に強い決意の光が宿った。

 それは見る者に微塵も不安や懸念を感じさせない自信の表れだった。


────────────────────


 紅奇面。


 大陸から渡来し○一族の"主神すじん"の分御霊わけみたま宿りし面。

 過酷な霊的鍛練の末、この面を着けるに選ばれし者は主神の霊力を得、一族に害なす者々を術にて滅する守護──使い手──となる。


 授かりし歴代の者たちの命の力をも取り込み、長く脈々と受け継がれてきた紅奇面。

 使い手の術に呼応し時に内から光り対する者の目を惑わし、時に暗黒の氣を放ち場の守りを断つ奇異奇怪な紅色の面。


 そして今、時玉がそれを手にし、おもむろに自らの顔に装着をした。


 炎斬業行えんざんごうぎょ──完全なる体得不可とも称される我哭守の秘術。


 一族の歴史の中、かつて只一人のみが体得を叶えたと伝えられるその術を今、時玉が放とうとしている。


 掟破りの生天身──笙子──奪還のめいを受けて。

 





 


 

 

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