第7話 領地での出会い


 銭湯建築予定地の空き家は魔法による焼却処分ではなく普通に解体して家具やら装飾品やらを売り払うことになった。さすがお父様はケチ――じゃなくて節約家ですわね。


 そして週に一度の鍛錬の日、お爺さまが妙に浮き足立っていると思ったら国王陛下から温泉水路の建設許可をもぎ取ってくれたらしい。うん、いかにも褒めて欲しそうな顔をしていたので孫ぢから全開で『ありがとうお爺さま!』と抱きついておいた。


 もちろんこの私がタダでこんなことをするはずもなく、水洗トイレ開発援助の約束を取り付けておいた。

 ちょろい。


 ……いや後に振り返ってみると、私に黙って婚約まがいなことをした罪悪感からの援助だったのだろうけどね。私もまだまだ(腹芸の中で生きる貴族としては)子供だったということだ。


 兎にも角にも。


 水洗トイレのことは後々考えることにして。今は銭湯と貧民街用の上水道――温泉水道の建設に注力しよう。


 最近はガングード公爵領で対魔物用に砦や城壁の建設が盛んでいるらしく、材料となるレンガの値段が高騰している。


 建設費を抑えるため、銭湯の湯船は私が考えていたように岩で作ることになった。前世で言うところの岩風呂だ。同じ理由で貧民街に作る水路もね。


 となると放置されていた庭石では数が足りないので、レナード領の採石場から王都まで岩を持ってくることになった。


 領地の採石場までは馬車で一泊くらい。直線距離で40kmほどかな? 岩の移動と考えるとかなりの長距離だ。必要な人夫を雇うとしたら尋常じゃないお金が必要になるだろう。


 しかし、そこはチートなリリアちゃんである。お父様に見せたように地面を波打たせてしまえば結構簡単に岩の移動もできるはず。


 と、いうわけで今私は馬車に揺られながら領地への小旅行を楽しんでいる。ほんとは転移魔法を使えば一瞬で目的地に到着するのだけど、せっかくゲームの世界に転生した(正確には転生していたと気付いた)のだから外の景色を楽しもうと思ったのだ。


 ちなみに転移魔法で岩を持ってくるのは現実的じゃない。そもそも私はまだ一人で移動するだけで精一杯なもので。

 もう少し成長すれば岩も一緒にテレポートできるのかなぁと考えながら風景を眺め続ける。


 PCゲームからファンディスク、携帯ゲーム機への移植、そしてソシャゲまで。何だかんだで長い付き合いだった『ボク☆オト』の世界をリアルで楽しんでみて、一日。結論から言ってしまえばものすっごく懐かしい感じがしていた。


 もちろん領地への道は記憶が戻る以前から何度も通ったことがあるので見覚えがあるのは当然だ。けれども、それとは別に、何というか……そう、ガイドブックに載っていた場所や風景を実際に見たときのような感動を体験することができたのだ。


 ソシャゲ版はRPGとMMOを混ぜた感じだったから大陸を自由に移動できたんだよね。初期の頃はマネーを稼ぐためによく領地まで往復したものだ。懐かしく思ってしまうのも当然だね。


 特に大きめの教会の横を通ったときは『おー、これが本編で主人公と魔導師団長の養子が結婚式を挙げた教会かぁ』と思わずスマホで撮影しようとしてしまったくらいだ。無論この世界にスマホはもちろんカメラもない。


 ……昔、○研の雑誌付録でピンホールカメラを作ったことがあるし、原理は知っているのだから作ってみようかなぁ。凄いぞ学○まさか異世界でもお世話になるなんて!


 私が異世界の神Gak○enに感謝の祈りを捧げていると馬車が止まった。どうやら採石場に着いたらしい。


 私が馬車から降りると先に転移魔法でこちらに移動していたお爺さまとおばあ様が出迎えてくれた。……一人ならとにかく、二人一緒にテレポートできるのだからおばあ様も大概バケモノじみているよね。さすがは銀髪持ちで、元王家の人間なだけはある。


 ちなみにこの国の王家は優秀な魔法使い=銀髪と積極的に婚姻関係を結んできたらしく、三十年に一度くらいは銀髪持ちが生まれてくるらしい。


 そんな三十年に一度の逸材であるおばあ様はお爺さまの二つ年下なので四十代――いや、妙齢の女性であるはずだ。


 なのに、そうとは信じられないほど若々しく、お肌なんてぷるんぷるんだ。皺なんて微塵も存在せず、どう目をこらしても二十代にしか見えない。


 どうやらこの世界では『魔力の高い人間は老いが遅い』という法則があるみたい。肉体を循環する魔力が云々かんぬん。

 まぁ、そんなことはどうでもよくて。今するべきはおばあ様への挨拶だ。


「おばあ様、ご機嫌麗しゅうございます」


 挨拶と共に膝を曲げ、貴族らしいカーテシーを決める私。おばあ様はこういう礼儀作法にうるさい人なので内心どきどきだ。


 いや、おばあ様の場合は『締めるべき時に締めるなら、他は何をやっても構わないわ。ずっと完璧でいることなんて不可能だもの』という主義の人なのでただ厳しいだけじゃないのだけどね。普段のちゃらんぽらんな言動を容認してくれている代わりに厳しいときは超厳しいのだ。


 今の私は軽く頭を下げ目も閉じているのでおばあ様の反応は分からない。けれど、雰囲気からして失敗はしなかったみたいだ。


「……重畳。よく磨き上げているようね」


 おばあ様のその言葉を待ってから顔を上げ姿勢を元に戻す。ふぅ、やれやれ。これまでの努力と前世での武道経験が功を奏したかな? 記憶を取り戻してから作法の先生に姿勢が良くなったって褒められたし。


 ほっとしたのが顔に出ていたのかおばあ様は安心させるように微笑みかけてくれた。美人の微笑は尋常じゃない破壊力を秘めている。それはもう血縁である私すら胸が高まってしまうほどに。


 う~む、私はおばあ様の若い頃にそっくりらしいし、今から鍛え上げればあんな素敵な微笑を浮かべられるのだろうか?


 ……無理ダナ。見た目は似ていても内面の落ち着き方がまるで違うし、私は中二病をやめる大人になる予定はない。


 私が淑女ルートを早々に諦めているとおばあ様がお爺さまの腕に抱きついた。わー仲がいいなー。と、いう反応ができれば平和なのだけれども。実際はおばあ様による捕獲行動だ。絶対に逃がさないという鉄の意志を感じるね。


 おばあ様の胸が腕に当たっているせいかお爺さまは幸せそうに鼻の下を伸ばしている。“神槍”に憧れを抱いている弟子たちが見たら絶望で槍を折ってしまいそうだね。


「さぁ、ガルド。リリアに挨拶しましたね? 仕事に戻るわよ? あなたが領地にいる間に片付けてしまわないと」


「り、リース。何もそんなに慌てなくてもだな。リリアも長旅で疲れているだろうし、まずはお茶でも楽しんで――」


「リリアの顔を見たら真面目に仕事をする。そう約束したのは嘘だったのかしら?」


「う、嘘じゃないが……」


「そうよね。ガルドがわたくしに嘘をつくはずがないもの」


 意味深に微笑んでからおばあ様は私に顔を向けた。


「リリア。そういう訳だから少しガルドを借りるわね。三日くらいで用事は終わると思うから、それまで待っていてくれるかしら」


「……もちろんですわおばあ様」


 さっさとクズ岩を受け取って帰る予定だったからこれは想定外だったりする。でも、了承するしかないよね別に急いでいるわけでもないし。貴族の勉強は家庭教師が基本で小学校もない。時間の融通はしやすいのだ。


 しかし、三日か。採石場はうちの屋敷から距離があるので、宿泊は近くの別荘になるのかな?

 採石場の周りには山か荒野くらいしかないので貴族子女にとっては本来退屈な場所なのだと思う。できることといえば屋敷の図書室に篭もって読書三昧の日々を送るくらいか。


 でも、今の私にとっては違う。

 採掘場に来たのだからとりあえず勇敢に戦うライダーたちの変身ポーズを決めなきゃね! 中二病としては! 悪党を複数人で取り囲んでボコるヒーローでも可!


 今の私なら魔法を使って大ジャンプしたり背後を爆発させたりできるのだし、名シーン再現をしていたら三日じゃ足りないと思うのですよ、はい。


 そう、前世の記憶と共にそっちの知識も大量流入してきて私もすっかり染められてしまったのだ。いわゆるオタク女子ってヤツ?


 ……あ、でもBでLな方に興味はないのでそこは断言しておこう。私はむしろ男子向けの熱い物語が大好きだったのだ。そりゃあもう前世では人気ひとけのないところで変身ポーズの練習をしちゃうくらいに。


 こんな私にとって採石場とは最高の舞台だ。しかも関係者として(比較的)自由に歩き回れるなんて!


 唐突に訪れたチャンスに思わず下を向いて隠れるようにガッツポーズしちゃう私である。とりあえず魔法でカラフルな爆炎を上げられるように頑張ってみるか……。そう私が心に決めていると、


「仕事の間、リリアのお世話は彼女に任せることにしたわ」


 おばあ様がそんなことを言い出した。

 お世話ってことはメイドさんかな? 私の専属として雇ったメイドさんは全員が私の言動について行けずに数日で根を上げてしまい、おばあ様もメイドを付けることを諦めたはずなのだけど。


 訝しみながらも私が顔を上げると、いつの間にかおばあ様の斜め後ろに一人の少女が控えていた。いかにも貧民が着用しそうなボロボロの麻服を着ている。


 普通の貴族子女なら顔をしかめそうな身なり。でも、私はよく貧民街に遊びに行くので良くも悪くも慣れていた。むしろ彼女は(貧民街の皆と比べると)綺麗な身なりをしている方だと思う。


(っていうか、ボサボサの髪とか薄汚れた肌とかのせいで分かりにくいけどかなりの美少女だよね。ちょっと磨いたらすごい勢いで輝きそう。……う~ん、あれ? どこかで見たことがある気がするのだけど、どこだったかなぁ?)


 いわゆる既視感というヤツ。

 私だって一応は貴族の令嬢なので会ったことのある人物の顔と名前くらいは覚えている。

 なのに、思い出せない。


 挨拶はせずに遠くから見ただけ……だったとしても、見た目だけでそこまで印象に残るのなら、どこで見たのかくらい覚えているはずだ。


 よく行く貧民街にもいなかったはず。

 何だろうねこの感覚? 覚えているのに覚えていないというか……。


 既視感の正体を探るためにもじっと彼女を観察する。

 年齢は私と同じか、少しだけ年上っぽい。この年頃の子供って数年会わないだけで雰囲気が変わっちゃうんだよねぇというのは前世の私の談。


 改めてお世話係の少女を観察する。

 まず目を引くのが腰まで伸ばされたストレートの黒髪と、夜を閉じ込めたような漆黒の瞳だ。


 前世日本の記憶的には珍しくも何ともない髪と瞳。だけれども、この世界において黒髪黒目は『悪魔の子』として忌避されているらしい。


 逆に金髪は髪色が金に近ければ近いほど高貴であるとされていて、王族なんかはほとんどが金髪。他の髪色はときどき銀髪が生まれるくらいで、王族に茶髪の子供はこの百年ほど誕生していないらしい。


 この国では金髪の人間が最上で、それに匹敵するのは銀髪だけ。茶髪の国民が大半を占めており、黒い髪は(表向き法律で禁止されているけれど)迫害の対象になっている。地域によっては子供の時に間引いてしまうとか。


 元日本人としては信じられないよね。いや金髪が綺麗なのは認めるけど艶やかな黒髪だって美の頂点を狙えるじゃないか。


 私としては前世を思い出す以前から黒髪黒目への偏見なんてなかった。そもそも私のことを『銀髪だから』という理由で褒め称えてくる連中が大嫌いなので、必然的に外見で物事を判断することに抵抗があったのだ。


 それに貧民街には黒髪の人も多いし。髪が黒いというだけで就職に不利だなんて許せないよね実際。


 なので私はごく自然な流れで『綺麗な髪ですね』と少女の黒髪を褒めつつ右手を差し出していた。この世界でも握手はフランクな挨拶なのだ。さすが乙女ゲームの世界だぜ。


 握手を求めるのなんて貴族らしくない? 子供同士だからセーフです。というか採石場でかしこまった挨拶をしてもねぇ。


 と、握手を求めたことは私的にあまり変な行動のつもりはなかったのだけど、お世話役だという少女は目を丸くして驚いていた。口が半開きになっているのにそれでも可愛いと思えるのだから美少女は得だよね。


 もちろん私も常時得しているともさ!


 私が密かに胸を張っている間、まだ名も知らぬ少女は困ったように私の手を見て、顔を見て、そして助けを求めるようにおばあ様を見たあとワタワタしながら片膝を軽く曲げた。いわゆるプリエという挨拶だ。


(……おぉ)


 感嘆するのを直前で耐えた私。さっきまでワタワタしていた割には美しく、教科書に載せたいような所作だったのだ。


 プリエとは元々ダンスの動きであり、ダンスが基礎教養である貴族の間で多く取り入れられている。そもそも一般庶民がダンスを習う余裕なんてないし、できるとしたら貴族か大商人の娘くらい。とっさにこんな動作をしてしまった彼女はそれなりの家柄だったのだと思う。


 それがこのようなボロを着て子爵家の娘のお世話係に任命されるのだから……たぶん実家が没落してしまったのだろう。


 よくあるお話だ。貧民街の知り合いにも元貴族がいることだし。

 少女に対する既視感の正体もどこかのお茶会かパーティーで見たことがあったからかな?


 私は(前世の年齢的に)大人なので余計なことには気付かなかったことにしますよ、えぇ。


 相手がきちんとした挨拶の動作をしたので予定変更。採石場に似つかわしくはないけど、握手のために伸ばした手を引っ込めて、彼女にならってプリエをする。


「お初にお目に掛かりますわ。わたくし、レナード子爵が娘、リリア・レナードでございます」


 正式な挨拶の口上ってこんな感じで良かったはず。しかしお嬢様言葉を使うと我ながらムズかゆくなってしまいますわねオホホホホ。


「お、お初にお目に掛かります。わたくし、デーリン伯爵――ではなく、ただの庶民のナユハと申します」


 デーリン伯爵家?

 それって一年くらい前に人身売買が発覚して領地没収、当主がギロチンされた家だよね? なんでも金髪の少女ばかりを誘拐していたとか。

 私も一応は貴族の娘なのでそういう噂話は自然と耳に入ってくるのだ。


 ちなみにこの国では人身売買や奴隷制度が禁止されている。なにせ建国神話からして奴隷の解放が主軸の一つになっているので。それらの犯罪は神話と、神話から続く王家に弓引く行為なのだ。


 領地没収で、しかも内容が人身売買では縁戚や付き合いのあった貴族も一切の関係を断っただろうし、こうして没落してしまうのも無理のない話なのかもしれない。そうでなければどこかの家の養子という道もあったはず。


 まぁ実家が何をやらかそうが私には関係のない話か。親の罪を子供になすりつけるのは無理がある。彼女の年齢なら片棒を担ぐようなこともなかっただろうし、やっていたら今ごろ牢屋かギロチンだろう。


 ……それに、この少女が悪い人でないことは


 私はもう一度ナユハに向けて手を差し出した。


「じゃあ、ナユハね。私のこともリリアでいいよ。口調もそんな堅苦しいものじゃなくていいし」


「い、いえ! すでに平民である私が、お嬢様を呼び捨てるなど!」


 全力拒否するナユハの意志はあえて無視。強引に彼女の手を握り、おばあ様とお爺さまにニカッとした笑みを向ける。


「ではお爺さま、おばあ様。ごきげんよう。しばらくナユハを借りますわね?」


 二人がいい笑顔で頷いたので、私はなにやら騒いでいるナユハの手を引っ張って歩き始めた。


 もちろん、お爺さまに鍛えられている私は美少女らしからぬ腕力を有しているので簡単には逃がしませんよ?


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