第2話 お風呂を作ろう
「兎にも角にもスローライフを目指さないとね」
貴族といっても家名やら土地やらを相続できるのは長子だけで、他の子供は騎士になったり王宮勤めをしたり、別の貴族に嫁入りやら婿入りやらをして収入を得なければならない。もちろん政略結婚できるような家の子供は除くけど。
特に、『貴族の令嬢が働くなんて……』という古くさい価値観が残っている我が国において、貴族の女は血眼になってでもお金持ちのところに嫁がなければならない。もしも結婚適齢期のうちにそういう結婚が出来なければ生活のレベルが(元の世界におけるニートみたいなものになるため)がくんと落ちてしまうし、なにより老嬢(オールドミス)などという不名誉すぎる蔑称を与えられることとなる。
と、いう事情があるので私が大富豪になって
……あ、この世界に特許制度ってあるのかな?
貴族令嬢のたしなみとして三カ国語を勉強中の私でもその辺のことは知らなかった。女が政治に口を出すのは忌避されるお国柄なので仕方ないかもしれないけれど。なにせ百年ほど前に女性宰相となった人が『ただの女が政治家になれるはずがないし、実は神の生まれ変わりだったんじゃ?』と半ば本気で信じられているほどだ。
まぁ、特許や女性差別のことは後回しにするとして。とにかくスローライフな大富豪を目指すに当たってまず真っ先に解決するべき問題はお風呂だ。そして次に水洗トイレね。大富豪になる前に最低限の生活レベルは整えないと。貧すれば鈍するというし、生活レベルの低下は発想に悪影響を与えそうだしね。お風呂とトイレは大事。
そう、この国には浴室というものがない。身体の汚れは濡れタオルで落とし、体臭は香水で誤魔化すのが一般的だからだ。元日本人としては信じられないのだけど、この国ではむしろ『入浴は身体に害がある』という価値観があるのだ。
お湯につかって毛穴が開くとそこから悪いものが入ってくるんだってさ。
それでも昔は町中に公衆浴場があったらしい。しかし、それも五十年ほど前の流行病の後は『伝染病の感染源になる』として廃れてしまったとか。
庶民はもちろん、貴族であっても(この国においては)風呂に入るという習慣が途絶えている。
……前世には郷に入っては郷に従えという言葉があった。
けれど、けれどだ。
日本人は風呂が好きだ。
その風呂好きはもはや魂に刻まれている。
ゆえにこそ、前世の記憶を持ち、前世と同じ魂を持つ私は風呂が好きなのである。
と、見事な三段論法(?)によって郷をぶち壊した私はお風呂開発に着手したのである。
まずは設計図作りだ。
室内にいるよりは外に出た方がいい発想が生まれそうだったので、私は屋敷の庭にある東屋で紙を広げた。このまっさらな紙一枚から私の大富豪への道は始まるのだ。
とりあえず頭の中で何パターンかお風呂の設計図を考えて、それを紙に書き表していく。こうして描き出すことによってイメージが具体化していいアイディアが出てくるのだ。が……。
「か、描きにくい」
九歳という年齢を舐めていた。手が短すぎて思い通りの直線が引けないのだ。頭の中では大人だった前世の感覚で線を引いているからより変に感じてしまう。
今までは特に違和感なんてなかったのに、まさか前世の記憶を思い出した弊害がこんな形で現れるとは……。
あと眼帯のせいで片目しか使えず距離感が掴みにくいのも理由の一つか。でもこの眼帯は実用性の他に趣味でもあるので外すことは出来なかったりする。
ちなみに趣味の名前をあえて言葉にするなら『中二病』だ。
えぇ、そう。前世の記憶が蘇る前から私は中二病だったのだ。この胸の内にわき出す複雑怪奇な想いを一言で表すことの出来る魔法の言葉、中二病。何とも素晴らしい単語じゃないか。
……あ、『9歳児なのに中二病?』というツッコミは受け付けておりません。世界の真理へ至るのに年齢は関係ないのだ、きっと。
そんな中二病である私は易々と眼帯を外すわけにはいかないし、そもそも外しても左目に普通の視力はない。
つまり現状でこれ以上の絵画的能力発達は見込めないわけであり……。
ま、まぁ重要なのはアイディアなので多少の拙さは問題なし!
前世&今世に渡る生来のポジティブさで未成熟な絵心を肯定した私はお風呂の設計図を完成させたのであった。
この一枚の設計図からリリア・レナードの発明家としての人生は始まったのであった。と、私が脳内の渋い声(具体的に言うとCV.池田○一)でナレーションを入れていると、
『なにそれー?』
『なにそれー?』
『また変なこと始めるのー?』
私の周りにふよふよと“妖精さん”たちが集まり、手元の設計図をのぞき込んできた。その数は二十を軽く超えるだろう。
この世界には妖精が存在するのだけど、一般人には見ることすら叶わない。魔力が高い一部の人間が薄ぼんやりと視認できる程度らしい。私のように妖精さんの姿がはっきり見え、しかも会話ができる人間はごく少数なのだとか。
妖精に気に入られれば気に入られるほど強力な魔法が使えるようになるらしい。
……そして私は愛されすぎて『妖精の愛し子』とか呼ばれている。さすがヒロイン補正は凄いよね。
そんな魔法使い垂涎の的である妖精さんの体長はたぶん20センチくらい。スカート部分がラッパのように広がったワンピースを着ている。顔は子供の落書きのようなデフォルメ風で、絵描き歌でお手軽に描けそう。
こんな可愛らしい外見をしているくせに、悪人を頭からボリボリと喰らうっていう伝説もあるのだから恐いよねぇ。まぁさすがに20センチ程度の妖精さんに喰われることはないだろうけど。
……ないよね?
近くにいた妖精さんに確認すると顔を背けられてしまった。うん、見なかったことにしよう。
ちなみに元が乙女ゲームの影響か、この世界での度量衡はメートル・リットル・キログラムが使用されている。
たぶん、この辺を深く考えたら負けだと思う。
深く考えることを放棄した私は妖精さんたちの疑問に答えることにした。東屋に設置されたテーブルの上に立ち、右手を胸に当てる。
「ふふん、聞いて驚け見て笑え! これこそが世界を変える発明品! リリア・レナード渾身の出世作予定! その名もお風呂くん一号! の、設計図よ!」
じゃじゃーん! と妖精さんたちにもよく見えるように両手で設計図を掲げる私。
妖精さんはしばらく設計図を眺めてから、――私の心をへし折りにきた。
『……へたくそー』
『へたくそー』
『絵心皆無ー』
『子供だとしてもこれはないわー』
『しかも
「ぐはっ」
な、なんでこんなに口が悪いのかしらね妖精さんは!?
「へ、下手じゃないわよ! 進化の途中なのよ!」
『というかネーミングセンスがねー』
『ヤバいよねー』
『絵心とネーミングセンスが絶無とか生きてて恥ずかしくないのかねー』
こいつら妖精じゃなくて悪魔じゃないのか?
「ね、ネーミングセンス? そんなものは発明に必要ないから問題ナッシングよ!」
『問題ナッシングだってー』
『古いよねー』
『死語だよねー』
『そんな言葉を普通に使えるんだから、前世での年齢は最低でも――』
「――はいそこっ! 言葉のチョイスから前世の年齢を推測するのは止めなさい!」
むっがー! と両手を振り上げて怒りを表現すると妖精さんたちは楽しそうに四方八方へと散っていった。今日も絶賛からかわれている。
リリア・レナード。ヒロインであるおかげか現代では唯一の『妖精の愛し子』として妖精からの寵愛を受けていることになっているが、実態はこんなものである。
昔話に出てくる『妖精の愛し子』ならば妖精に祝福されて平穏無事で誰もが羨む穏やかな日々を送れるはずなのに……。どうしてこうなった?
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