第2話
次々と後ろに流れていく景色は、最後に見た三ヶ月前と何ら変わりなく、見応えは全くない。
ただ、見慣れた景色というのは妙に落ち着く。それだけが良い点か。
こうして態と遠回りをする癖を発揮して、私は自宅への道から外れた県道を走り回る。
「少しお腹が空いて来たな」
そう思うと無意識のうちに、ファミレスなどの飲食店を目で追っていた。ああ、そろそろ昼食にしてもいいかもしれない。
「昼は何にしようかなっと……ん?」
ふと、すれ違った景色の中で、何か見慣れないものがあった気がして振り向く。
そこには一人の少女が蹲っていた。
何もない道路脇で、一体どうしたんだろう。
『どうかしたのか』
「いやちょっと、気になっただけ」
相棒の声にそう答えたものの、どうも、さっき見た女の子の姿が頭から離れない。
『いいのか、行かなくて』
「……なんで私が」
『悩むくらいなら行けばいい』
相変わらず見透かした態度をとって来る奴だ。
私はギアを二つ落とし減速。
交差点でUターンして、さっき見た場所に戻る。
『笑顔を忘れるなよ』
「うっさい」
バイクを路肩に止めてハザードを点けておく。
まだそこに居た女の子は、やって来た私に気付くと少し身構えた。
ああ、ヘルメットを外すのを忘れてた。
……笑顔ね、笑顔。
確かに私の仏頂面じゃ、余計怖がらせてしまうだろうから、一応、気を付けることにしよう。
「――――ねぇ、大丈夫?」
努めて私は優しい声色で尋ねながら、ヘルメットを脱ぐ。笑顔は出来るだけ頑張ってみるけど……上手く笑えてるかな。
女の子は私の顔を見ると、ぼうっと見つめて来てから、慌てた様子で手をじたばたさせ口籠る。
「慌てなくていいから、落ち着いて。……もしかして、キャスターが壊れた感じ?」
「あっ、あの、はい! 実はそんな感じでして、ごめんなさい!」
「何で謝るの」
「いえすいません癖で」
謝るのが癖というとても難儀な性格である事を伝えられてしまった私は、彼女が持つ旅行用の大きなキャリーケースに目を向ける。
四つあるキャスターの内の一つが壊れて動かなくなっているらしい。
私は一言断ってからどうにかならないか試してみるものの……。
「……ダメか」
「あの、そんな、大丈夫ですから!」
「目的地は近いの?」
「目的地は、目的地は、そうですね。何処でしょうね……」
何処でしょうね?
何処でしょうねって、何だろう。
こんな大きな荷物を持っているのに、目的地が決まってないなんて、私じゃあるまいし。行くあてもない旅をするには軽装で、しかも徒歩とは……流石に可笑しい。
これじゃまるで旅行というよりも、家出をするかのような――
「……もしかして、家出?」
「ぎくっ」
虚をつかれたんだとしても、自分でぎくっと言っちゃう人が居るとは。
見たところ高校生くらいだし、家出と知って放っておくというのもどうなんだろうか。
此処は警察……というのは流石に早急か。
「キャスターはダメだし、タクシーでも拾って家に帰った方がいいと思うけど」
「それは! ……だ、ダメです」
やや食い気味の返答。
そこから察するに何かしらの事情がある事は伝わって来た。
となると、そう簡単に家に返すという選択も取れない。はて、どうしたものかな……。
『家に連れて行けばいい』
「私の家に?」
『とりあえず休ませてやるべきだ。見たところ、かなり疲れているようだし』
……確かに。よく見てみれば、かなり汗もかいている。疲労からか表情も優れていないし、靴擦れまで。
これは流石に見ていられない。
『荷物をどうにかしろ。私のリアに載せているやつだ。私の後ろに乗せてやれ』
「はぁ、もう、分かったって……ねぇ、私から提案があるんだけど」
「――――った」
「え、なに?」
よく聴こえなくて、私は彼女に聞き返す。
だが彼女には私の声は届いていないようで、わなわなと震える手を持ち上げ、私の背後を指差して繰り返す。
「バイクが――――バイクが喋ったああああ!?」
とても大きな絶叫が、その後の私の驚く声すらも掻き消して、あたり一帯にこだました。
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