37. 待ち伏せタイプは敵じゃない!

「今日も明日も討伐依頼~、遺跡調査がやりたいな~っと」

「どうしたの、ステラ?」


 ここ数日、討伐依頼ばかりだ。その悲哀を即興の歌にして歌っていたら、腕に抱いていたシュロが不思議そうに聞いてきた。いや、どうもこうも、そのまんまなんだけどね。


「このところ、忙しいからね。たまには休んで遺跡調査でもしたいなと思って。シュロもそう思わない?」

「えぇ? 僕は遺跡はいいかな……。だって、ステラ、何も聞こえなくなっちゃうんだもん」


 うぐ、それを言われると……。やっぱり、シュロにはつまらないか。遊び相手も連れて行けば問題ないんだろうけど。例えば、ハセルとか。


「いや、無理だからね。そんな場合じゃないってわかってるでしょ?」


 隣を歩くハセルをじっとみたら、何も言う前から拒否された。まあ、仕方がないのはわかってる。


「愚痴っていうか、ただの願望だよ。さすがの私も、今、この状況で遺跡調査にはいかないって」

「それならいいけど」


 本当に本当なんだけど、ハセルの目には疑いの色が見える。おかしいな、何故だろう。


 サイハ周辺の魔物は増加の一途を辿っている。サンドシャークみたいな手強い魔物も増えていて、戦闘ランクが星三つ以上の冒険者は馬車馬のように働かされている。


 本来なら仕事を受けるも受けないも冒険者本人の意思次第。とはいえ、今はそうも言っていられない。つい先日、ナルコフ子爵家から非常事態宣言が出されたからね。サイハで活動する冒険者および傭兵には、積極的に討伐依頼を受けるようにという要請が来ている。


 あくまで要請だけど、サイハに留まる限り受けないという選択肢はほとんどないかな。街全体で脅威に立ち向かおうとしている現状、仕事を受けずにのんびりしている冒険者や傭兵に向ける人々の視線は冷たい。対応も厳しくなるし、仕事を受ける気がない人は他の街に移ってしまったはずだ。


 何も意地悪しているわけじゃない。わりと切実な問題があるんだ。それは食料不足。


 魔物が多すぎて、市壁の外にある農業区は放棄せざるを得なかった。その時点で収穫できるものは全て収穫。育ちきっていない物もとりあえず取り去って、防壁の中の空きスペースに植えてある。それらがうまく育てばいいけど、さすがに厳しいだろう。だから、働かない冒険者に食べさせる食料はないってわけだ。


「ちょっと前まではたくさんいたのにね。ほとんどいなくなっちゃったからなぁ」

「仕方ないわよ。大半がヴェラセイド王国から流れてきた人たちでしょう? サイハに思い入れなんてないでしょうからね」

 

 ロウナとメイリが言っているのは、一時的に増えてた冒険者の話。私が子爵家のお仕事をやめて冒険者活動を再開した頃、斡旋所は冒険者であふれていた。けど、今は元通り。少しは残ってくれる人もいるけど、逆にサイハで活動していた冒険者の中にも活動拠点を移した人はいるんだよね。


 で、メイリの言うとおり、流れてきた冒険者たちは大半が隣国のヴェラセイド出身みたいなんだ。ヴェラセイド王国は政情不安というか……あんまりよくない状況みたい。ちょっと前から王都では行方不明者が増えていたって話だし、サイハ近辺と同じく魔物も増えていたんだって。追い打ちをかけるように王族出身の将軍が国家転覆を謀り、首謀者以外の王族は皆殺しになったとか何とか。


 そんな状況なので、探索者や傭兵といった比較的身軽な立場の人たちは国を抜け出したってわけだ。基本的に宿暮らしの上、身一つで生きているからこそ取れる選択肢だね。まあ、そんな人たちだから、サイハも危ないと見切りをつけて出ていっちゃったんだけど。


「まあまあ。愚痴ってても仕方がないよ。それよりも、もうそろそろ目的の場所だからね。ちゃんと警戒して」


 ハセルがリーダーらしく警戒を促す。たしかに、ちょっと気が緩み過ぎてたかも。


 今回の討伐対象はイビルヴァイパー。簡単に言うとでっかい蛇だ。鋭い牙には猛毒があって非常に危険。蛇毒に効く薬は持っているけど、即効性があるわけじゃないし、毒の周りが早ければそのまま死んじゃうこともある。そもそも、毒がなくても下手したら丸呑みされちゃうサイズだからね。まさに強敵だ。


 斡旋所での評価では最低でも戦闘ランク星三つ……できれば星四つの冒険者に依頼するという案件。私たちは星三つだからギリギリ適正ではあるんだけど……今みたいな状況じゃなければ個人的には遠慮したいところだ。


 そのイビルヴァイパーが目撃されたのが、サイハ北東の森。シュロと出会った遺跡の近くだ。ナークさんの話によれば、マドゥール文明の遺跡はマナが淀んでいて魔物が発生しやすいっていうから、そのせいかもしれない。以前、浄化はしたって言ってたけど、完全に清めるのは難しいだろうからね。


「止まって!」


 ロウナが制止をかける。斥候としての適性があるロウナは魔物の気配に敏感だ。リーダーはハセルだけど、ロウナの警告には最優先で従うことになってる。もちろん、私も例外じゃないよ。以前なら、反応が遅れたかもしれないけど、ここ最近で鍛えられたから、声を聞いた直後にはピタリと足を止めた。


「いるよ。わかる?」


 声を潜めながら、ロウナが示すのは少し離れた大きな木の辺り。草が生い茂っているのでわかりにくいけど、巨大な何かがいる。草木に隠れて全貌は見えないけど、あれは確かに蛇だ。


「まだこっちに気づいてないの?」

「いや、たぶん待ち伏せしてるんだと思うよ。獲物が近づいてくるのを待ってるんだ」


 ハセルの問いに、ロウナが答えた。


 待ち伏せか。魔物は猪突猛進のタイプが多いけど、狡猾なヤツもいるんだね。でも、私たちにとってはかえってやりやすいかもしれない。無闇に突っ込んでくる方が対応に困るんだよね。魔術を放つ前に近づかれると対応できないから。


 逆にいえば、こういう待ち伏せタイプは対応しやすい。もちろん、接近前にロウナが見つけてくれるからだけどね。


 さあ、申し訳ないけどキミに攻撃の機会は与えないよ!

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